Magazine
May 7, 2015

いつか、むかしのはなし

ハリエンジュの街

Text by Hiroko Hosaka & Illustration by Naoko Tanouehiroko_may1

 

竺(たけ)は中国の東北地方に生まれた。港のある大きな都市から少し南に行った美しい街に生まれた。海沿いのその街には洋館がたくさん建ち並んでい た。そのガッチリとした建物の姿に負けない大きな針塊(ハリエンジュ)の木が、街路樹として道沿いに植えられていた。白い花が枝のたわむほどに咲くその大 木は、潮の香りにかぶせるように甘い匂いを街中に漂わせていた。

竺が生まれた頃、その辺りには竺の家のように日本から移ってきた日本人がたくさん住んでいた。竺はお父さまとお母さまと 2人の姉さま、それに 2 人の兄さまと大きな洋館の一つに暮らしていた。中国の使用人も3人いた。賑やかな家だった。竺は2人の姉さまと遊ぶよりも一番上の兄さまにばかり遊んで 貰った。下の兄さまは身体が弱かったからか、姉さま達以上にもの静かで、いつも家の中で本を読んでいた。竺は下の兄さまの代わりとでもいうように、誰よりも元気で、陽気で勝気で、その名前の通りに竹を割ったような性格だった。軍人であられたお父さまは、お転婆な小さな女の子の様子を眺めながら「おタケは筍 (たけのこ)ではなく武士の子だ。男の子だったら立派な軍人になったであろうに」とお笑いになるばかりで、竺を叱ることはなかった。

竺が小学校にあがる頃には、 一番上の兄さまは召集されて南の島へ行った。数年後、マラリアにかかって戦病死した。姉さま達には良い縁談があり、次々と日本へ渡って行った。兄さまのこ とがあったので、お母さまは縁談を延期したそうなご様子だったが、お父さまは逆に姉さま達を日本へやることを強く希望された。姉さまが2人ともいなくなっ て間もなくして、今度は下の兄さまが疫痢で亡くなった。 まるで、自分にも縁談があって日本へ嫁いで行ったかのような消え方だった。 お父さまは家にいた3人の使用人のうち、竺より2つか3つ大きいだけのヤンヤンという名の女の子を残し、あとの2人を暇に出した。家が一気に静かになった が、お母さまは家のあれこれでお忙しくなり、気が紛れたようだった。

お母さまもお父さまも、人さまから預かっている大事な女の子と、それまでもヤンヤンを可愛がっていたが、その後はことさらに可愛がるようになった。 ヤンヤンの家はとても貧乏だったので学校へ行かずに竺の家で働いていたが、本当は勉強が好きなようだった。下の兄さまが生きていた頃、兄さまが本を読まれ ていると、よく側にやってきた。すると兄さまは、童話を持ち出してきて、ゆっくりと読んでさし上げた。ヤンヤンは仕事の合間に兄さまから借りた本を繰り返 し読み、すっかり、日本語が上手になっていた。

竺の新しい遊び相手は、小学校の同じ教室の中国人の男の子達だった。日本の子供しかいない学校や中国の子供しかいない学校もあったが、竺の学校には 中国の子供も日本の子供もいた。けれども、どこの学校でも先生は日本人だった。国語も算数も全て日本語で教えられた。街に住む日本人は中国語の話せない人 も多かったが、中国の子供と遊ぶお蔭で、竺はあっという間に中国語を話せるようになった。学校を一旦出てしまえば、日本語を使う子供などいなかった。中国 語の歌うように節のついた音を竺はとても美しいと思った。

ヤンヤンと竺が話していると、ヤンヤンが話しているのか、竺が話しているのか聴き分けの出来ないほど、ヤンヤンは日本語が、竺は中国語が上手だっ た。お父さまやお母さまに目隠しをして頂き、ヤンヤンと竺とで、どちらが話しているかを当てて貰うお遊びが流行った。お母さまは必ず聴き分けたが、お父さ まはよく間違えた。そのような時には、お母さまでさえ明るい笑い声をあげられた。

ヤンヤンには竺と同い年の弟がいた。アージャンだ。アージャンはヤンヤンと違って勉強など大嫌いだった。両親のやっている屋台で働く方が性に合って いたが、竺のお父さまのはからいで学校へ行っていた。竺のお父さまは大変教育熱心なお方で、界隈の子供達のなるべく多くが学校へ来られるようにと邁進して おられた。竺は、アージャンが竺の家で働いて、ヤンヤンが学校へ行けば良さそうなものだと思ったが、お父さまに口答えするなど恐ろしく黙っていた。

それでもアージャンが学校へ来る方が楽しいとも思った。 アージャンは 授業中は、大抵、大きく口を開けてうたた寝をしていたが、休み時間と運動の時間には大変元気になった。ガキ大将で、面白い遊びを次々に思いついた。

学校の帰りにアージャンの両親の屋台に行くのも楽しかった。アージャンの両親は海沿いの針塊の芳る大通りで焼きまんじゅうを売っていた。アージャン と竺が学校から帰ると、いつでも焼きたてのまんじゅうを一つずつくれた。小麦粉を水でこね、炒めたニラと豚肉を入れて丸め、熱々の油で焼いたまんじゅう だ。まんじゅうのたてるじゅーという音が、道の先の波の音に合わせるように辺りに盛大に響いた。

アージャンの両親はアージャンにいろいろと言いつけをした。小麦粉を買いにやらせたり、野菜を買いにやらせたりした。竺はいつもアージャンについて 行った。木炭を買いに行ったこともあった。アパー(アージャンもヤンヤンも自分のお父さまをそう呼んだ)の作った小さな手押し車に積んで持って帰った。ア パーとアマーが(お母さまのことはアマーと呼んだ)一休みしたい時には、アージャンと竺がまんじゅうを売った。お客はいろいろだった。海辺を散歩しに来た 若い恋人同士や仕事帰りのお役人がまんじゅうを買って行った。休日となると釣りや海水浴を楽しみに来た人達がまんじゅうを買った。中国人も日本人も買っ た。中国人は熱々のまんじゅうをその場で食べたが、日本人は歩きながら食べるということをしなかったので、紙にくるんであげなければならなかった。

一度、竺がアージャンと手押し車を引いている姿を見たという軍服姿の男の人が洋館にやって来たことがあった。玄関口でその人は「中国人がお嬢さまを 使用人みたいにしています」と言った。お父さまはそれを聴いて、悲しそうなお顔をされた。そして、ただ、首を横に振られた。その人は怒ったような不満なよ うな顔をしていたが、お父さまが黙っておられるので、そのまま帰って行った。竺は、どうしてお父さまが悲しいお顔をされたのかも、どうしてその人が怒って いるのかも分からなかった。 竺は、シヨーニンという言葉を聴いたことがあったが、意味はよく分からなかった。しばらく考えてみて、家の子という意味かと 思いついた。お父さまやお母さまが、ヤンヤンや以前に家で働いていた中国人のことを「宅の使用人が」と言っているのを何度か聴いたことがあった。それでお 父さまに言った。

「お父さま、わたくしはお父さまのシヨーニンです。お父さまがヤンヤンのことをシヨーニン、シヨーニンと言ってかわいがっておられるので、アージャ ンのアパーとアマーもわたくしをシヨーニンのようによくしてくれているのです。先ほどのお方はその様子を見て、わたくしが売られたとでも思ったのでしょう か?」
それを聴いてお父さまはとても驚かれたようだったが、やがて満面の笑みになり、大きな笑い声をあげられた。

それからしばらくして、 竺とアージャンの小学校が閉鎖された。小学校だけでなく、日本人のやっていた商店が次々と店じまいをした。 近所に住んでいた日本人は次々に街を出て行った。大きな港のある都市へと移動した。そこから日本へ行く船が出るからだ。皆が日本へ行こうとしていた。お父 さまはヤンヤンに何ヶ月分かのお給料を渡し暇に出した。竺とお父さまとお母さまは持てるだけの荷物をまとめて竺の通っていた小学校の校長先生の親戚のお宅 に越した。竺の住んでいた洋館には、背の高く色白で真っ青な目をした人達が住むようになった。お母さまは近所の人々に続いて早く移動したいようだったが、 お父さまは「軍人の自分は最後まで街を出るわけには行かない」とおっしゃった。竺は、外を出歩くことを禁止され、家の中で過ごしていた。髪の毛を坊主にさ れ、男の子のような服を着せられた。

ある日、校長先生の親戚の人の家に、洋館に住みだした人達と同じに背の高く色白で真っ青な目をした兵隊が数人やってきた。お父さまは慌てた様子で軍 刀を手に外出されて留守だった。お母さまは、竺をしっかりと抱きしめたまま、兵隊を睨みつけていた。校長先生の親戚の人達も港のある都市へ向けて家を出て おり、お母さまと竺だけが家にいた。年嵩の兵隊がお母さまに向かって大きな声で何か言い、土足で家に上がってきた。彼に続いて他の兵隊も上がり、各部屋を 回っては戸棚を開けたり、机の引き出しを開けたりした。竺は青い目の人達をこれほど間近に見るのは初めてだった。年嵩の兵隊は大柄で赤ら顔で恐ろしい風貌 をしていたが、残りの兵隊はだいたいは若く美しい姿をしていた。人形のように美しい者もいた。あどけなさの残る顔の者もいた。ただ、彼らの軍服は擦り切れ て薄汚かった。人形みたいな兵隊がお母さまの美しいお着物の帯を見つけ首に巻いた。姿見に自分の姿を映して見ていた。お母さまと竺が黙って固くなったまま 立っているところへ、あどけない顔をした兵隊が寄ってきた。お母さまの竺を抱きしめる腕に力が入り、竺は肩が痛かったが黙っていた。若い兵隊は薄汚れたズ ボンのポケットから色鮮やかな小さな包みを出し、竺に差し出した。開けてみると飴のように綺麗に固められた砂糖だった。大事に取っておいたものなのか、よく見ると、包みはしわくちゃで砂糖も少し欠けていた。この兵隊もお母さまの着物を珍しそうに眺めていたが、触ったりはしなかった。兵隊達は、家中の戸棚と いう戸棚、引き出しという引き出しをひっくり返すと、そのまま帰って行った。お母さまはへなへなと座り込み、竺を一層強く抱きしめた。

その日の夜、お父さまがお帰りになるまでに、お母さまは再び、持てるだけの荷物をすっかりまとめ上げていた。お帰りになったお父さまは、お母さまが 青い目の兵隊がやってきたことを告げるより前に、どこから借りて来たのか外に用意してあった手押し車に、まとめてあった荷物を積みはじめた。お母さまも 黙って手伝った。お父さまが車を押しだすと、竺はアージャンと2人でアパーの手伝いをした時の要領で手押し車の後ろを上手に支えた。アージャンはどうして いるだろうと思った。お父さまの服の胸の辺りに赤黒いシミが付いていた。

手押し車でしばらく行くと、荷馬車が3台止まっているのが見えた。校長先生の一家が荷物を積んでいた。いつだったか、竺がアージャンの家の使用人の ようになっているとお父さまに言いに来た男の人もいた。その人も荷物を積んでいた。お父さまに気がつくと、敬礼をした。お父さまは軽く頷くと、手押し車を 荷馬車の近くに付け、黙って荷物を移した。荷物が積み終わると、3台の荷馬車は直に出発した。とうとう、竺達も港のある大きな都市へ行くのだった。手押し車はその場に捨てられた。校長先生と校長先生の奥さま、いつかの男の人とその若い少女のような奥さま、竺とお父さまとお母さまがそれぞれ自分の荷物を積ん だ荷馬車に乗った。どの荷馬車も御者は中国人だった。港のある都市まではバスで一時間ほどだが、荷馬車となると丸々一晩かかる。都市までの道沿いには幾つ か貧しい村があり、荷馬車が襲われるという噂があった。お母さまはずっと竺を痛いくらいに抱きしめていた。月の明るい夜だった。

最初の村が見え始めた頃、茂みから数人の人影が飛び出して来た。

「さっきの奴らだ!」と、いつかの男の人が大きな声を出し、軍刀を持って荷馬車から飛び降りてきた。お父さまも軍刀を取り、飛び降りた。茂みから出 てきたのは中国人のようだった。5、6人で皆が同時に話すので竺にも彼らが何を言っているのかよく分らなかったが、馬がとか、荷物がどうとか言っているよ うだ。竺の乗っている荷馬車の御者が降りてきて「ブーヤオ! ブーヤオ! ゾオ! ゾオ!」と言った。要らない! 要らない! あっちへ行け! 他の荷馬 車の御者も降りてきて、騒ぎが段々と大きくなった。いつかの男の人とお父さまは中国語が分らないため、騒ぎの意味も分からない。軍刀をいつでも鞘から出せ るよう、柄(つか)をぐっと握って構えている。竺はお父さまの服に付いていたシミを思い出した。急に恐くなりお母さまにしがみついた。

騒ぎを聴きつけたのか、村からわらわらと人が出てきた。いつかの男の人が刀を拔いた。お父さまは一層深く構え直したが刀は拔かずに、「待て!」と男 の人に言った。けれども、男の人は刀を大きく振り上げ、「うおおお!」と叫んだ。村人の一人が、大きく手を振り、日本語で「ちがう! ちがう!」と言いな がら走り寄って来た。アージャンのアパーだった。「荷馬車に荷物を積み過ぎだから、幾らかくれれば、一部を港まで運ぶと言っているだけだ!」と中国語で叫 んでいる。竺が「アパー!」と立ち上がったと同時に刀が振り下ろされた。何かが竺の足元に飛んできた。アパーの腕だった。

中国人達は、蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。 逃げようとする御者一人をお父さまが捕まえた。 あとの2人は逃げてしまった。 アパーが道端にうずくまっていた。

「アパー!」と叫びながら駆け寄ろうとすると、男の人が走ってきて竺を抱え込んだ。竺は咄嗟に転がっているアパーの腕を拾い上げた。男の人が凄い顔で竺を睨みつけ、腕を竺から取り上げて茂みに投げた。男の人の胸元にお父さまのと同じシミが付いているのが月明かりに見えた。

荷物の一番少ない男の人の荷馬車に全員が乗るようにとお父さまが指示を出された。校長先生と校長先生の奥さまはご自分の荷物のことを気にしたが、彼 らの荷馬車は荷物が一杯で、校長先生と校長先生の奥さまが乗るだけの隙間しかなかった。 渋々と校長先生と校長先生の奥さまが男の人の荷馬車に乗りこんだ。お母さまも乗りこんだ。最後に男の人が竺を押し込むように乗せ、自分も乗った。お父さま は御者といっしょに前に乗った。荷馬車が動き出し、うずくまるアパーの横を通った。竺は男の人の腕に噛み付き、男の人が手を離した隙に荷馬車から飛び降りようとしたが、今度はお母さまに押さえつけられた。男の人が先程よりも更に恐い顔で竺を睨みつけた。竺は胸のシミを睨みつけた。誰も話さなかった。馬の歩く蹄の音だけが土の道に鈍く響いた。観念したかのように 竺が動かなくなったので、お母さまが少しずつ手の力を弱め、それでも竺がじっとしているのを確かめると、優しく背中をさすってくださった。

しばらくして、校長先生の奥さまが校長先生の耳元で何か言った。校長先生は男の人に荷馬車を止めるように頼んだ。男の人が大きな声でお父さまに声をかけ、馬車は止まった。校長先生の奥さまはずっと用をたすのを我慢しておられたようだ。奥さまが荷馬車を降りるためには、男の人と竺とお母さまが先に降り なければならない。校長先生の奥さまが茂みに入って用をたしている間、3人は道端に立って待っていた。竺が歩き出すとお母さまがぐっと竺の腕を掴んだ。竺 は「お父さまのお顔を見に行くだけです」と言って荷馬車の前に回った。お父さまは竺に気がつくと、優しく「おタケ、お母さまのそばを離れないようにしてい なさい」と言った。

竺は、お父さまの胸のシミをじっと見た。 竺はお父さまに口答えするなど、これまで一度もしたことがなかった。けれど、黙っていることができなかった。

「お父さま、どうして、あのお方は、アパーのことを切ったのですか?」

お父さまは黙っていた。

「あすこにいた中国の人達は、わたくしたちが荷馬車に荷物を積み過ぎているから、幾ばくかお金をくれれば、港まで運ぶと言っていたのです。アパーはそのように説明しながら走ってきたのです。あのお方は、中国語が分からないから、間違ってアパーの腕を切ったのです」

お父さまは悲しそうに竺を見た。いつの間にか、男の人が近くにいた。竺の話を聴いていたのか、お父さまに向かって大きな声を出した。

「あれは、昼間の奴らの仲間に違いありません。復讐しようと待ち伏せしていたのです。村人も皆仲間に決まっています。たかだか中国人の腕一本です。それに奴らは我々の荷物をまんまと手に入れたのです。もう、追っては来ないでしょう」

男の人は丁寧な言葉で話していたが、竺を怖がらせるために、わざと大きな声をだしているようだった。竺はその大きな声に怖くて足が震えたが、勇気を出して男の人に顔を向けた。

「アパーはこれから、片手で焼きまんじゅうを作らなければなりません。手押し車は押せなくなってしまいました。アパーは日本人を襲ったりしません。アパーはわたくしのことをシヨーニンのようにかわいがってくれました。あなたさまは、悪いことをしました」

竺がショーニンという言葉を使うと、男の人ははっと何かを思い出したようで、いっそう不愉快そうにした。お父さまは深く息を飲み、いっそう悲しそう にされた。竺は、お父さまに向き直ると、お父さまに口答えをしている怖さのあまり自然に流れてくる涙をアパーの血のついた手でぬぐった。

「お父さま、これから戻ってアパーに謝り、病院へ連れて行ってください」

男の人は驚いて言った。

「なぜ、中国人に謝らないといけない。我々は中国になぞ負けてはおらん!」

今度は竺が驚く番だった。

「悪いことをしたら、謝るものです。 勝ち負けは関係ありません。 謝って、二度と同じことをしないように心にとめておきなさいと、お父さまはいつもそうおっしゃっています。勝ったら謝らなくてよいなどと、わたくしは聴いたことがありません」

竺の膝ががたがたと震えていた。しかし、不思議に声は落ち着いていた。校長先生と校長先生の奥さまが遠目にこちらを見ていた。お母さまは荷馬車の影に座り込んでいた。男の人の少女のような奥さまは、荷台から出てこなかった。

お父さまが静かに言った。

「日本は戦争に負けた。ロシヤに負けた。中国にも負けた。一刻も早く、この土地から出なくてはいけない。逃げ切るためには、やむを得ず人を切ることもある。謝りに行く時間はない」男の人がまた叫んだ。

「中国になぞ負けておりません!」

それから、御者に向かって唾を吐いた。お父さまが「いい加減にしないか!」と低く言った。皆の注意が御者と男の人に向いた隙に、竺は駆け出した。草 むらの中を走った。背の高い草が竺を隠してくれた。あれほど明るかった月に急に雲がかかり、竺の姿は完全に見えなくなった。すぐ近くで校長先生とお父さま の竺を呼ぶ声が聴こえた。竺は息を殺した。しばらくして声が遠ざかると、アパーが出てきた村に向かって静かに走った。

また月が顔を出した。竺は、月明かりの中を歩いた。草むらをかき分けて歩いた。やがて、草が所々押しつぶされたようになり、見晴らしが良くなった。 村が見えた。竺は、道端に出てみたが、アパーはいなくなっていた。アパーがうずくまっていた辺りに行ってみると、黒いシミが土に染みていた。竺は、男の人 がアパーの腕を投げ捨てた草むらへ入って行った。草をかき分けて腕を探した。手や腕に擦り傷がたくさん出来た。深く切ったところから血が滲み、竺の手に固 まってこびり付いていたアパーの血に混じった。やがて、竺の手に何かが触った。拾い上げると、それはアパーの腕だった。アージャンと竺が学校から帰った 時、まんじゅうを焼く手を休めて振ってくれた時のように、指を大きく開いたまま固くなっていた。竺はしっかりとアパーの腕を胸の前に抱えた。そして、村の 中に入った。

村はしーんとしていた。皆、眠っているのだろうか? と竺は思った。一軒の家に近づいてみると、戸が開け放たれていた。中に声をかけてみるが、返事 がない。月明かりでは、中のほうまでははっきりとは見えないが、いろいろな物が散らばっているようだった。隣の家も同じだった。急に眠くなり、竺は誰もい ない家の前で、アパーの腕を抱えたまま眠った。

やがて、賑やかな音で目が覚めた。夜があけていた。家の中にもう一度声をかけたが、やはり返事がなかった。家の中が乱雑になっているのが、今度は はっきり見えた。道のほうへ出てみると、先のほうに幾つか屋台が出ているのが見えた。賑やかな音はそこから流れてきていた。急にお腹が鳴りだした。ふらふ らと屋台の出ているところまで歩いた。辺りに甘い匂いが漂っていた。竺の住んでいた街の匂いとは違う。みかんのとても濃いみたいな良い香りだった。 見上げると、橙色の花をつけた見知らぬ大きな木があった。その木は道沿いにずっと並んでいた。木の奥には玄関の開け放たれた家が並んでいた。中を覗くと、 乱雑になっていた村の手前の家とは違い、人がたくさんいて何かを食べていた。看板も何もないが蕎麦のようなものが入った透明な汁物を食べさせる店のよう だ。並びの家はどこも食べ物を出す店のようだった。竺の見たことのない食べ物ばかりだった。屋台の一つが焼きまんじゅうを売っていたので、ほっとして近 寄った。片腕のない初老の男性がまんじゅうを焼いていた。

竺は立ちすくんだ。大きく息をして顔をよく見てみたが、アパーではなかった。竺は隣の屋台に行ってみた。ここでも蕎麦のようなものが入った透明な汁 物を売っていた。汁物屋の人も片腕がなかった。竺は真っ青になりながらも、屋台を一軒、一軒、覗いた。どの人も片腕がなかった。けれども、どこにもアパー はいなかった。竺は手を広げて胸に抱えていたアパーの腕を見た。そこに腕はなかった。代わりに、竺はしっかりと軍刀を抱えていた。服に血のシミが付いてい た。

先ほどの焼きまんじゅう屋が横にいた。紙にくるんだまんじゅうを竺に差し出した。差し出しながら竺に何か聴いた。中国語のようだが、とても聴き取りにくい。

「もう一度言ってください」と言うと、焼きまんじゅう屋がゆっくりめに同じことを言った。今度は「日本人か?」と聴いているようなのが分かった。竺 は「そうです」と答えた。答えた声がまるで男のそれのように太かった。気がつけば、竺は焼きまんじゅう屋よりも背が高かった。竺は自分のことを見下ろして みた。さっきは気がつかなかったが、一番上の戦病死した兄さまのような軍服を着ていた。薄汚れてはいるが、お母さまが必ず荷物へ入れた写真の中の軍服姿の 兄さまと同じだった。

焼きまんじゅう屋がほれほれとでも言うように、まんじゅうの入った紙の包みを竺の目の前で揺らした。竺は刀を脇に挟み、焼きたてのまんじゅうを受け 取った。竺がまんじゅうを手に取ったまま、ぼんやりと突っ立っているので、焼きまんじゅう屋が「チューバ! チューバ!」と言いながらまんじゅうを食べる 仕草をした。チューバ! 食べなさい! 竺は我に返り、慌ててお礼を言うと、くるんだ紙を広げてまんじゅうを食べ始めた。焼きまんじゅう屋はにこにこしな がらその様子を見ていた。

まんじゅうを食べ終わると、竺は「おいしかったです」と言って頭を下げた。

「日本兵は礼儀がいいのお」と、焼きまんじゅう屋が言った。

「お前は置いていかれたのか? ここにはもう日本の兵隊は一人もおらんぞ」

竺は片腕のない男性を探していることを説明した。焼きまんじゅう屋は「この辺りには腕やら脚やらのないもんばかりだ」と言った。

「日本兵が切ったんだ。もう何年も前の話だ。死んだ者もたくさんおる。あっちの沼地に埋まっている」

その声には、今さっき、「食べなさい!」と言ってにこにこと笑った時の温かみは消えていた。顔が引きつり、石のように灰色になって固まった。焼きま んじゅう屋の冷たい声を合図にしたかのように、屋台から、橙色の花をつけた大きな木の奥の家々から、わらわらと人が出てきた。どの人も灰色の顔をしてい た。どの人も片腕がなかった。竺は、片腕のない中国人に囲まれた。彼らは、切られた部分を竺に向けた。銃口を向けるように切られた部分を向けた。傷口は、 まるで、腕の先に焼きまんじゅうをくっつけたかのように丸くてらてらと光っていた。竺はずらりと並んだ傷口をじっと見た。なぜか、怖いとは思わなかった。 昨夜の男の人の大きな声のほうがずっと怖かった。それなのに涙が出そうになった。この人達は、片手で焼きまんじゅうや汁物を作って大変だろうと思った。アパーと同じだと思った。アパーは病院へ行っただろうか? と思った。竺は泣いているのを気づかれないように、そっと手でぬぐった。さっき食べた焼まんじゅ うの匂いがした。アパーの手の匂いがした。

竺は地面に膝をつき、軍刀を脇に置いた。それから、ゆっくりと頭を下げて言った。

「申し訳ありませんでした」

誰も口をきかなかった。焼きまんじゅう屋も汁物屋も皆、石になったままだった。竺は我慢が出来ずに涙をこぼした。ヒックヒックとしゃくりあげながら 「アパー、ごめんなさい」と言った。そして、「アパー、アパー」といつまでも泣きじゃくった。いくら泣いても、その声を濃いみかんの香りの風がかき消して いった。

 

小さな女の子が草原の中に横たわっていた。明るい月がそれを照らしていた。その子の近くに壊れた手押し車が打ち捨てられていた。女の子は折れた手押し車の脚を抱いて眠っていた。遠くで、ぼーっと深く長い音が響いた。日本へ向う最後の船が港を出ていった。

 

 

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ほさかひろこ Hiroko Hosaka / 小説書き、朗読者、指圧師見習い

短編小説を地道に執筆。詩や絵本、小説の朗読を 行う。マラソンなど延々とする感じのことを好む。最近、家の猫が2匹になり、猫のことばかり考える日々を過ごす。bpnf1219@gmail.com

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田之上尚子 / 挿画家

ペンと水彩で、物語の世界を描く。絵本・エッセイ挿絵・ポスターイラスト等手がけたり、年に2、3回画廊やギャラリー、病院内で個展を開催。

音楽も好きで、長野県松本発バンド『有機幻燈』に所属し、パンデイロなどの、鳴物も勉強中。

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HosakaHiroko

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小説書き、朗読者、指圧師見習い 短編小説を地道に執筆。詩や絵本、小説の朗読を行う。マラソンなど延々とする感じのことを好む。最近、家の猫が2匹になり、猫のことばかり考える日々を過ごす。 田之上尚子 / 挿画家 ペンと水彩で、物語の世界を描く。絵本・エッセイ挿絵・ポスターイラスト等手がけたり、年に2、3回画廊やギャラリー、病院内で個展を開催。 音楽も好きで、長野県松本発バンド『有機幻燈』に所属し、パンデイロなどの、鳴物も勉強中。
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