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Sep 1, 2015

いつか、むかしのはなし

東京駅

Text by Hiroko Hosaka & Illustration by Naoko Tanoue

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大学を卒業するとともに、かな子は4年間続けていたアルバイトを辞め た。正直ほっとした。時給がいいのと大学に近いという理由だけで始めたアルバイトなのだし、辞めたければいつだって辞められたはずだ。けれど、なぜかそれ が出来なかった。気楽な気持ちで飼い始めたペットを、自分の手に負えない部分があっても、なんとか折り合いをつけ、決して捨てたりはしないのと同じ感覚 だった。けれど、大学卒業は都合の良い言い訳になった。このチャンスを逃したら一生ここにいることになるだろうと思った。その覚悟はなかった。気楽に暮ら したかった。だから、 結局、ペットを捨てた。ほっとした。もう、愛を探さなくていいのだと思った。

とは言っても、ろくに就職活動をしておらず、気が付いたときには卒業式が数日前に迫っていた。世間の景気はうなぎのぼりで就職口がないわけではな かったが、あまり意欲的ではないかな子の様子を見ていた母親が、よそ様のところで中途半端な気持ちで仕事をするのはよくないと、かな子の大叔父にあたる人 物に頼みこんでくれた。かな子にとって母方の祖母の弟であるその人物は、東京で小さな貿易会社を営んでいた。戦前から熱心に英語を勉強していたお陰で、戦 後、進駐軍に出入りして仕事を貰い、そのツテを頼りにハワイに渡った。当時は砂糖のみを扱っていたが、日本が裕福になってからは質の良いアロハシャツやウ クレレなどを仕入れるようになった。かな子の仕事は、留守がちな大叔父に代わって事務所の細々とした雑用をすることだった。

事務所は、国鉄の東京駅から歩いて20分ほどのところにあった。高層ビルの立ち並ぶエリアからは少し離れた住宅街にある賃貸マンションの8階。窓か ら亀島川と小さな稲荷神社の朱色の鳥居が見えた。八丁堀駅からだと歩いて5分である上、日比谷線のほうが通勤には便利なのだが、かな子は東京駅を利用する ことを好んだ。東京の下町をのんびり歩いて出勤するのが好きだった。帰りはよく、亀島川からずっと隅田川に沿って歩いた。

かな子は毎朝8時30分には出社した。マンションの入口に備え付けられた郵便受けから新聞と郵便物を取りだす。エレベーターで8階まで上がり、鍵を 開けて中に入ると、すぐに窓を開けて部屋の空気を入れ替える。その際、お稲荷さまに手を合わせることを忘れなかった。コーヒーを沸かす間に机や棚の上を拭 き、不要な郵便物を廃棄し、ファックスを整理する。ファックスは毎日大量に入ってきた。ここのところの景気の良さからなのか、注文はひっきりなしにあっ た。祖母の弟と言っても、大叔父はまだ還暦前で、バリバリと働けるはずだったが、ハワイののんびりした生活が身体に染みついたのか、景気に乗って一儲けし ようというような注文には応じなかった。しばらくかな子の仕事ぶりを見るうちに、彼女の気質に自分と似たところがあると見込んだのだろう、そのうち、かな 子に注文を受けるかどうかの判断をさせるようにもなった。そして、自分はハワイに行ったきり、なかなか帰ってこなくなった。一人で大量のファックスを仕分 けし、断りの電話を入れ、 問い合わせに答え、注文の詳細を詰めるなどしているうちに、かな子の一日はあっという間に過ぎていった。それでも、急ぎの仕事 でもない限り、ファックスの仕分けがひと段落すると、新聞を読みながら、のんびりとコーヒーを飲んだ。大叔父は、そのようなかな子の様子を見ていたのかも しれない。

 

開け放した窓から蝉の鳴く声が聴こえ、かな子は読んでいた新聞から目をあげて外を見た。雲一つない青空が広がっていた。大叔父の事務所で働くように なって迎える2度目の夏だった。しばらくそのミンミンという音に耳をすませた。蝉の鳴き声に意識を向けたのは久しぶりのことだった。ちょうど、蝉の生態に 関する夏休みの特集記事を読んでいたところだったのだ。記事によれば、蝉が鳴くのは当然、求愛のためである。雄のみが鳴く。彼らの縦に細長い楕円形の腹の 中はほとんど空洞で、そこに共鳴室と名付けられた大きな部屋がしつらえられている。共鳴室の中には、発音筋という名の文字通り音を出すための筋肉がセット されており、部屋の内壁には膜が貼ってある。蝉が筋肉を震わせると、まず、その振動が膜に伝わり、やがて、膜の振動が部屋の空気に(文字通り)共鳴す る。 そして、その共鳴で、夏の青い空高く、大きく力強い音を響き渡らせるのである。求愛のために蝉は一秒間に2万回あまりも、その筋肉を震わせる。並大 抵の作業ではない。命がけの行為なのだ。

そこまで記事を読んだ時、その通りだとでも言うように蝉が鳴き始め、かな子は新聞から目をあげたのだった。ミーンミンミンミンミーン。かな子はマン ションの壁にかかった何本かのウクレレに目をうつした。ウクレレの洞窟のような身体が蝉に見えた。壁にずらっと並んだ蝉が今にも一斉に鳴きだしそうに思え た。「今日も暑い日になりそうだ」よみがえりそうになった思いをかき消すように、誰もいない事務所の湿った空気につぶやいた。そして、汗ばみ始めた手で新 聞を畳み、ファックスの山に向かった。折り畳んだ新聞の一面に、「今年も首相は参拝せずか?」と書いてあるのが見えた。壁のカレンダーを見て、そうか、明 日は終戦記念日か、と思った。

 

かな子は東京の大きな神社で巫女のアルバイトをしていた。その神社には国事に殉じた軍人や関連する事変や戦争で亡くなった人々が祀られていた。古く は、明治維新の志士として坂本竜馬などの名前もある。かな子の母親は、終戦の年の東京大空襲のあった時にはまだ赤ん坊であったが、自分の母親の(かな子の 祖母であり、大叔父の姉である)背中におぶさって西郷隆盛の銅像のある上野の山に逃げて助かったそうだ。B29が空からばら撒いて行ったビラに「西郷の銅 像には最後に爆弾を落とす」と書いてあったからだ。その時、まだ学生だった大叔父も一緒だったという。西郷隆盛のお陰でかな子は生まれ、職を得て、その職 場でコーヒーを飲みながらのんびりしているようなものだ。けれども、神社にその西郷は祀られていない。

神社には実にいろいろな人がやってきた。そして、声高に何かを叫んでいった。その多くは 第二次世界大戦に関わることだった。 神社には 246万 以上の霊が祀られている。戊辰戦争以降、内戦や事変を含め、日本は数々の争いを経てきたが、246万のそのほとんどは 第二次世界大戦で死んだ人の霊であ る。誰かが参拝したことに怒っている人。誰かが参拝しないと怒っている人。誰かが祀ってあると怒っている人。誰かは祀られて当然と言い返す人。叫んでいる 人にはそれぞれに言い分がある。その人達はテレビで見るととても恐ろしい顔をしているが、叫んでいない時には礼儀正しい穏やかな人々だった。境内ですれ違 うと、軽く頭を下げて挨拶をしてくれた。「暑いですね」などと声をかけてくれる人もいた。しかし、ふとすると、彼らはまた叫びだした。彼らが叫ぶと、かな 子は自分が責められている気持ちがした。「お前が悪い。お前の責任だ」と。親戚の一人が神社に祀られていることを心苦しく感じもした(大叔父の一番上の兄 だ。兵士としてどこか南の国へ行って戦病死した)。 彼らが本当は礼儀正しい穏やかな人々だと知っているから余計に身に応えた。 しかし、その戦争の時、かな子の母親ですら生まれたばかりの赤ん坊だったのだ。私に一体何をしろと言うのか、そう思った。でも、口にはだせなかった。きっ と、彼らの腹の中も蝉のそれのように洞窟なのかもしれない。愛を探しているのかもしれない。けれど、その愛がどこにあるのか、かな子にも分からなかっ た。 いったい誰が坂本竜馬で誰が西郷隆盛なのか、かな子にはよく分からなかった。迷いのない蝉は筋肉を2万回震わせて愛を見つけた。ミーンミンミンミン ミーン。その喧騒の中で、死者だけが静かにじっとしていた。じっとうずくまっていた。竜馬が西郷を探していた。

 

夕方5時になると、かな子はキッチンでコーヒーカップを洗い、窓を閉め(お稲荷さんに軽く頭を下げた)、電気を消してドアに鍵をかけた。マンション の建物を出ると、まだ蒸し暑さの残るアスファルトの道を亀島川のほうへ歩いた。蝉が精力的に求愛活動を続けていた。ミーンミンミンミンミーン。かな子は筋 肉が一秒間に2万回振動する様子を想像しながら歩いた。しばらく歩き、隅田川が見えてきた頃、蝉の鳴き声にかぶせるように誰かの叫び声が聴こえた。かな子 はびくんとして立ち止まり、辺りを見回した。ちらほら歩いている人達は特に気にする様子もなく、かな子の横を足早に通り過ぎて行く。気のせいか? と思っ ていると、 かな子の名前を呼ぶ声があった。 昼休みによく行く弁当屋のご主人が道の反対側で手を振っている。軽く頭を下げた時、また叫び声がした。今度 は甲高い女性の声がはっきりと聴こえた。神社で叫んでいた人達のとは違い、悲痛な物理的に助けを必要としている長い叫びだ。しかし、弁当屋のご主人はニコ ニコして手を振り続けている。かな子は手を振り返し、そのまま歩いた。歩きながら、耳を澄ませてみたが、叫び声はもう聴こえてこなかった。かな子は頭を振 り、今日は散歩せずに帰ろうと思った。そして、そのまま東京駅の方へ歩いた。 駅前のデパートで美味しい惣菜でも買って帰ろうと思った。駅へ行く間、た だ、蝉の鳴き声だけが聴こえていた。それが後ろへ遠のき、都会の喧騒に入れ替わった。

 

翌朝、かな子はいつものように朝の支度をした。そして、いつものように、わざわざ2回乗り換えて山手線に乗り、東京駅で降りた。降りると、慣れた動 作ですっと流れに乗る。まるで軍隊の行進のように、一糸乱れずに流れて行く通勤ラッシュに、かな子は自分でもびっくりするくらいによく適応していた。前後 左右の人々と息を合わせて、八重洲中央口を目指して行進する。乗り換えをする人々が巧みに車線変更をしながら一番外側の列を取り、くるりと向きを変え左右 に伸びる階段を登って行く。階段から降りてきた人が、その隙間になめらかに収まる。その間、行進は、速度をゆるめることなく一定のペースで進んで行く。か な子は心を無にし、行進する足音に耳を済ます。思考を止めて流れと一体化する。そうすれば、何の問題もなく中央口に到着できる。何の問題もなく日々を送る ことができる。

八重洲中央口を目の前にし、(流れの一体化からはずされないように)定期券が手に握られていることを確認したその時、突然、身体全体に強い衝撃を受 け、かな子はその場に倒れた。その瞬間、どこかから、昨日聴こえたのと同じような叫び声がした。一人や2人のそれではない。丸の内口側から聴こえてくるよ うだ。同時に誰かがかな子の背中を強く蹴った。スーツ姿の会社員らしき若い女性だった。彼女は声をかけるでもなく、自分の足元をちらっと見ると、倒れてい るかな子をよけて通り過ぎて行った。石か何かに躓いた人みたいに見えた。後から歩いてきた人々は女性の蛇行に合わせ、かな子を上手に迂回して行った。行進 は微調整を施すと、再び一糸乱れぬペースを取り戻し、中央口へ流れて行った。昨日と同じだと、かな子は思った。どうやら、かな子以外の人には、叫び声は聞 こえないようだ。

かな子がぼんやりと行進の流れを見ていると、その奥から一人の男性が現れた。まるで暖簾をくぐるかのように現れた。30代後半か、せいぜい40歳く らいの男性で、スーツ姿ではあるが、パナマ帽をかぶり、腕には大きな風呂敷包みを抱えている。東京駅の朝のラッシュには不釣り合いな雰囲気の人だ。その人 は「お嬢さん、大丈夫ですか?」と言うと包みを床に置いて中腰になり、かな子を抱きかかえるようにして立たせてくれた。そのまま、男性に背中から支えられ た恰好で八重洲中央口に向かった。包みは置きっぱなしだった。男性は行進を全く無視し、現れた時と同じように暖簾をぐぐるようにして流れをかわしながら早 足に歩いた。男性に支えられているかな子も、当然流れを無視して小走りをした。背中の方で叫び声が続いていた。何かが崩れるような大きな音がして、天井か ら火の粉が舞ってきた。男性は自分の上着を素早く脱ぐと、かな子の頭から背中を覆うようにかぶせ、火の粉から守ってくれた。外へ出て振り向くと、東京駅が 燃えているのが見えた。増設された駅ビルに邪魔されて、八重洲口にいるかな子には見えるはずのない煉瓦色の駅舎が、目の前で燃えていた。空が夜空みたいに 黒い。その黒へ煙が登っていく。ドーム型の屋根がなくなっていた。

かな子が呆然としていると、誰かが肩を揺すった。急に辺りが明るくなり、耳に喧騒が入り込んできた。大叔父が目の前に立っていた。さっきまで燃えて いた煉瓦造りの駅舎が消えて、武骨な黒く四角い八重洲口の駅ビルがそびえていた。辺りを見回してみたが、先ほどの男性はいなかった。男性の上着から香った 煙草の匂いがまだかな子の鼻先を漂っていた。「どうした? ぼーっと駅を眺めたりして」と大叔父が言った。「貧血か? 顔が真っ青だぞ」と言って、脇に抱 えたカバンから水筒を出し、コップになった蓋に白い液体を注ぐとかな子に差し出した。すすめられるままに口をつけてみると、ぼんやりした甘さの飲み物だっ た。「ココナッツジュースだ。うまいだろう?」かな子の顔に赤みがさしてくるのを見ると、そう言って大叔父は笑った。生ぬるい薄い糖分が血管の隅々にまで 染み渡り、かな子は先ほどのショックから少し立ち直ることが出来た。

 

久しぶりに会った大叔父は、東京駅八重洲口の朝の風景からは完全に浮いていた。白い麻のスーツにパナマ帽。スーツの中は水色と黄色の細かい柄のアロ ハシャツ。裸足の足は適度に履き込まれた白いシンプルなスリッポンに収まっている。改めて見ると、かな子を助けてくれた親切な男性と、服装や、雰囲気が ラッシュアワーの風景にマッチしていないところが似ていることに気が付いた。久しぶりに会った大叔父は相変わらず若い様子だった。大叔父には子供が一人い るが、離婚後、長いこと再婚をせずにハワイでのんびりしているせいか、還暦を目の前にした人とは思えない若々しさがあった。若々しいというより、少年のよ うであると言ったほうが彼の雰囲気をより正確に表しているかもしれない。人生のある時点で大叔父のそれは止まってしまったのではないかと、時々思うことが あった。

「いつ帰ったの? 連絡をくれれば、成田まで行ったのに」かな子はそう言って歩き出した。東京駅が燃えていた話をしようかどうか迷ったが、何となく 言わない方がいいように思い、黙って歩いた。大叔父はぽつぽつと、ハワイでの生活について近況を聴かせてくれた。事務所に着くと、かな子はいつものように 手順よく仕事をし、大叔父は顧客のところへ挨拶に行くと言って出て行った。ドアのところで振り向くと、「夕方までには戻るから、今日は一緒に夕飯でも食べ よう。寿司でいいか?」と聴いた。ハワイに行ったきりで日本のことなどどうでもいいのかとかな子は思っていたが、やはり、寿司は恋しいらしい。

 

事務所の近所で、手頃でしかもおいしい昼食となると、墨田川に沿った道にある弁当屋か、東京駅の駅ビルまで行くかになる。何となく、今日はそのどち らにも行く気にはなれず、近くのコンビニエンスストアで菓子パンを買って済ませた。そんなこともあり、夕方まで、お寿司を楽しみにしながら仕事をしたが、 大叔父はなかなか姿を見せなかった。6時まで待ってみたが帰ってくる気配がない。連絡の取りようもないので、顧客とは具体的に誰なのか聴いておけばよかっ たと思いながら、念のためにメモを残して事務所を出た。

今日も墨田川沿いの散歩はやめて、まっすぐに東京駅へ歩いた。八重洲中央口から中へ入ると、山手線のホームまで進む。特に変わった様子もなく、会社 帰りの人々でまだまだ構内は混んでいた。やはり、朝のことが気になり、天井を見たりしてきょろきょろするので、時々人にぶつかり舌打ちをされた。山手線の ホームへと続く階段のところまで来た時、70歳くらいの男性がきょろきょろと辺りを見回しているのが見えた。周りの会社帰りの会社員と同じように、暑い 中、きちんとスーツを着ているが、人にぶつかり舌打ちをされている。かな子はおかしくなり、男性に近づいて行って「何線の乗り場をお探しですか?」と聴い た。男性は「神社へ行きたいのですが」と言った。今日は終戦記念日だ。かな子は悪い予感を感じながら、どこの神社に行きたいのか聴いた。予感は的中した。 男性が行きたいのは、かな子がアルバイトをしていた神社だった。一瞬、頭に靄がかかったようになったが、最寄駅までの行き方を教えてあげればすむことだと 思い直し、ひと呼吸置いてからゆっくりと口を開いた。

「私もこれから行くところです。ご迷惑でなければご一緒します」自分の口から出た言葉にかな子はぎょっとした。しかし、男性はそれには気が付いた様 子はなく、ほっとしたように大きく息を吐いた。そして「そうですか、それは助かります。お願いします」と言って笑顔を見せた。それから「私は重田と申しま す 」と名乗った。「東京に住んでいるのに、繁華街に出てくることはあまりないもので勝手が分からなくて困っていました」と言った。かな子は混乱しながら も自分も「綿貫です」と名乗った。ちらっと 時計を見ると6時20分を少しまわっていた。今から行っても長居をする時間はない。人もそれほど残ってはいな いだろう。そう考えると、少し気分が落ち着いた。それで、神社は九段下駅からが近いが、中央線の乗り場がすぐだったので、市ヶ谷から歩くことにし、重田に そう伝えた。「駅から少し歩きますが、中央線なら乗り換えなしで行かれます。門は7時には閉まりますから、ぎりぎりですがいいですか? さっとお参りする くらいの時間はあると思いますが」重田は満足げに大きく頷いた。

駅のホームには朝のラッシュほどではないが、多くの人が並んでいた。東京駅は始発だが、重田とかな子が乗り込んだ時には、どの席も既に埋まってい た。重田は明らかに老人の風貌の上に荷物を抱えていたが、誰からも声はかからなかった。重田自身は特に気にしている様子もなく、かな子が荷物を棚に上げる と申し出ると「ありがとうございます。しかし、少々重いですので」と足元へ置いた。それっきり特に話しもせず、2人とも窓の外を眺めていた。神田駅を過ぎ ると、右手に神田川が見えた。東京は川が多いのだなと、かな子は思った。

神田川と並んで走る辺りに来たとき、電車が急停車した。かな子はバランスを崩して倒れそうになったが、重田がぐっと支えてくれた。その腕の力は見た 目からは想像出来無いほど強かった。礼を言いつつ周りを見渡すと、他の乗客は特に変わった様子もなく本を読んだり、既にうたた寝を始めたりしている。かな 子は自分の身に何が起きているのか理解し始めていたから、次の瞬間、電車が大きく揺れ、例の叫び声が聴こえてきても慌てなかった。つり革を両手で掴んで足 を踏ん張った。ザーザーという妙な音がした。窓の外では、空から何かが落ちてきて、あちこちで火の手が上がっていた。人が神田川に飛び込むのが見えた。か な子の背後でうめき声がしている。そーっと振り向くと、人が重なって倒れているのが影絵のように見えた。行儀よく立っているスーツ姿の人々の身体を突き抜 けて倒れている。かな子は前を向き、目をつむり、何度か深呼吸をした。もう一度目を開けると、外はまだ火の海、車内はうめき声に包まれたままだ。かな子が 再び固く目をつむると、重田の声がした。「神田の辺りは、随分と空襲を受けましたから」

それが、重田が自分にも窓の外の火の海が見えていることをかな子に伝えているのか、或いは、先ほど車内に流れた「次は神田」というアナウンスを聴い て思い浮かんだことをただ口にしたのか、かな子には分かりかねた。終戦記念日にあの神社に行くのなら、重田の年齢からして、戦争で誰かを亡くしたかしたの だろうと思った。そんなことを考えていて、重田の一言に何も答えないまま、かな子は目をつむったきり黙っていた。重田がそれっきり黙っていてくれるのが有 難かった。

しばらくすると、耳元でまた声がした。重田の声ではなかった。「重そうな荷物ですね。一緒に行けるところまで僕がお持ちします」目をあけると、窓の 外は相変わらず真っ赤だった。しかしそれは、東京の街が沈みかけた太陽に照らし出されているからだった。夕日が東京の街を覆っていた。列車は減速し始めて おり、隣で重田が足元の荷物を持ち上げようと腰をかがめていた。うめき声の人達は消えていた。声の主は学生服を着た高校生くらいの男の子だった。夏らし く、青白いつるつるしたワイシャツだけを着ていた。野球部なのか、丸坊主という今どき珍しい髪形をしている。東京の子とは思えない素朴な感じの青年だっ た。彼は既に重田の荷物を抱えてくれていた。車内アナウンスが「次は御茶ノ水」と流れた。それを聴いてかな子は「すみません、私たちはまだ降りませんの で」とあわてて言った。青年は「ああ、そうなんですか」と恥ずかしそうに笑って、荷物を床に下ろすと、軽く頭を下げてドアのほうに歩いて行こうとした。重 田がその若いまっすぐな背筋に向けて言った。「私はあわてもので。すみませんでした。ご親切に声をかけて頂き、ありがとうございました」学生は立ち止まっ て振り返った。少し照れたような表情で顔を横に振った。そして言った。「兄が今さっき、いつもの説教をしに僕のところに来たのです。自分にできることが あったら、惜しみなく手と足と心を動かせと。そうやって、小さなことにも丁寧に人と関わっていけば、友達はできても戦争はできないからと。おまえはそう やって暮らせと」青年の不自然な物言いに重田はいかにも感心したように頷いた。それに促されるように青年は続けて言った。「兄は戦争で南の島に行ったき り、帰ってきませんでした」列車が止まり、ドアがあいた。今度は一度も振り返らずに、青年はホームに降りた。その華奢な背中がどんどんと丸みを帯び前かが みになっていった。初老間近な中年の男性が人ごみの中へ消えて行った。

 

中央線はそのまま神田川に沿って進んで行った。市ヶ谷に着くころには、日はすっかり暮れていた。皇居の外濠(そとぼり)を左手に残しながら、改札を 出て大きな通りをまっすぐ進んだ。重田は荷物を抱えるようにして歩いていた。この辺りは大学や女子中学校や高校やらが多いが、夏休みだからか、或いは日が 暮れたからか、学生の姿はあまりなかった。駅へ向かう仕事帰りの会社員の波に逆らって東へ向かう。10分ほど歩いて神社が近づいてくると、ビラを配ってい る人や後片付けをしているテレビ局の人などがちらほら見えた。皆、静かに黙々と作業をしていた。その様子にかな子はほっとした。重田は彼らの横を通ると き、どの人にも「ごくろうさまです」と声をかけた。その声を通りを行く車の音がかき消した。蝉も鳴いていなかった。

南門まで来ると、門はまだあいていた。拝殿は門を入ってすぐの左手にある。重田を案内しようとすると、彼はさっさと右手の桜の木が立ち並ぶエリアの ほうへ歩いて行った。適当なところにしゃがむと抱えていた包みを置き、中からスーパーの袋を2つ出した。一つをかな子に差し出す。よく分からないまま受け 取り、中を覗くと、大量の紙が入っていた。一枚を取り出してみた。それはおにぎりだった。大人の手の平くらいある少し丸みを帯びた綺麗な正三角形で、底辺 を通るように海苔が一枚巻いてある。海苔からはみ出たてっぺんの小さな三角のところには、中身が分かるように鮭の絵が描いてあった。「梅干しや昆布もあり ます」重田は自慢げにそう言うとかな子が持ったスーパーの袋の中身をかきまわし、梅干しの絵が描かれたおにぎりを取り出して見せた。満面の笑みをつくる と、再び袋の中身をかきまわし、数枚の紙を次々にかな子に渡した。肉まんよりは小さいサイズの白い饅頭や茶色いゆでたまご、具がとてもカラフルな海苔巻 き、他にはかな子が見たことのない食べ物が描かれてあった。どれも、折り紙の白いほうや広告の裏に描かれていた。それぞれ絵の感じが違うので、重田がいろ いろな人に頼むかして集めたものかもしれない。

重田はもう一つのスーパーの袋を手に取ると、桜の木の間を歩きながら、おにぎりの描かれた紙を出しては、空中に差し出し始めた。差し出す度に「お腹 空いたろう? ごめんなあ」とか、「怖かったろう? ごめんなあ」とか、「来るのが遅くなってすまなかったなあ」とか言っている。空中に浮かんだおにぎり は、しばらく漂うと、そのまま薄くなってやがて見えなくなった。時折、すっとまっすぐに天に昇っていったりもした。

「小さい饅頭とたまごは、中国の人がいるかもしれないので用意しました」ぼんやりと天に昇っていくおにぎりを見ているかな子に、重田が言った。その 時、神社のぐるりに建てられた囲いがガタガタと鳴った。重田はちらりと囲いのほうを見ると、かな子のところへ戻ってきた。彼女の手の中の絵を見ながら続け た。「ゆでたまごが茶色いのは中国茶で茹でるからだそうです。 チャーイップダンといいます。お茶の葉のたまごと書いてチャーイップダン。海苔巻きは韓国 の方へです。中にキムチやら何やら入っているので、とても色鮮やかできれいですね。キンパというそうです。どれも、それぞれの場所で日本のおにぎりにあた るような食べ物です」そう言うと、かな子から梅干しのおにぎりを取って空中に差し出した。すると、ぼんやりと若い日本の兵士の姿が浮かんだ。兵士が美味し そうにおにぎりを食べた。辺りを見渡すと、桜の木の間をたくさんの兵士がウロウロとしているのが見えた。重田が続けた。「これはインネシアの人へ、こっち はハワイの人にですね。えっと、これはどこの国だったかな?」重田はしばらく考えていたが、やがて言った。「日本は本当にあちこちで戦争をしました」それ から首を横に振った。囲いがまたガタガタと鳴った。

重田は南門まで歩いて行き通りを覗いた。かな子も重田に習って外を見て息をのんだ。神社の前の大通りを埋め尽くすほどに人が群がっていた。門の前で 押し合いへし合いしている。囲いを登ろうとしている。かな子は瞬間的に老いた重田の影に隠れるようにした。電車の中で倒れそうになったかな子を支えてくれ た力強い腕を思い出した。肩越しに様子を伺う。大量の人々は押し合いへし合いしているのに、誰一人、境内に入って来ない。いや、入って来ないのではなく、 入って来られないようだ。神社はまるで透明なバリヤで覆われているように人々を跳ね返した。

「ここにいるのは、戦争で亡くなった人ばかりです」と重田が言った。「日本が落とした爆弾で死んだり日本兵に殺されたりした人々です。日本各地の空 襲で死んだ人々も大勢います。広島の人、長崎の人、沖縄の人、東京の人ばかりでなく、大阪や岡山や東北や、あちこちの空襲で亡くなった人たちです。神社に は祀られていない人々です」そう説明しながら、かな子が抱えていた袋からおにぎりやチャーイップダンを取り出して配り始めた。「熱かったろう? ごめんな あ」「もう、こんなことは二度としませんからね」「すまなかったなあ。 ゆるしてもらえるだろうか?」「苦しかったねえ。 ごめんなあ」と、境内の桜の木 のところでしていたように、一人一人に声をかけた。境内には日本の兵士ばかりがいたのとは違い、門の外にはいろいろな人がいた。背中に赤ちゃんをおんぶし ていたり、おばあさんだったり、ステテコ姿のおじさんだったりだ。全身ずぶ濡れで焼けただれている人もいた。手のない人、脚のない人、日本人ではない顔つ きの人もたくさんいた。重田からおにぎりやチャーイップダンやキンパを貰うと、しばらくウロウロし、やがて薄くなって消えていった。すーっと天に昇ってい く人もたまにあった。天に昇っていく人がいると、重田は深く頭を下げた。

かな子も重田のように食べ物を配った。最初は韓国の人にチャーイップダンを渡してしまったり、中国の人におにぎりを渡してしまったりしていたらし く、薄く透けた人々に不思議そうな顔をされた。しかし、注意深く彼らを見ていると、だんだんと特徴がつかめるようになった。透けた身体の向こうに、失われ た腕や脚のぽかりとした空間に、彼らの故郷が見えた。賑やかな街並みや、熱帯雨林、鶏が走り回る田園。東京のそれとは少し違う熱い空気が匂い立って来るの を感じた。天に昇る人があると、かな子も頭を下げた。

 

重田が持ってきたスーパーの袋が2つとも空になった。境内にも通りにもまだウロウロしている人があったが、その人達もだんだん色が薄くなっていっ た。重田はシャカシャカと音をさせて袋をたたむと桜の木の元に置いた包みにしまい、かわりに、今度は水筒とおにぎりを取り出した。本物のおにぎりだった。 サランラップに包まれている。重田とかな子は大きな桜の木の根元に腰を下ろし、黙っておにぎりを食べた。かな子のには鮭が入っていた。ちらっと見ると、重 田は昆布のを食べていた。水筒にはたっぷりと濃くて熱いほうじ茶が入っていた。コップになった蓋に注ぐと、湯気が天に昇っていった。

「中国では、誰かが死ぬと、紙でできた車やお金をいっしょに埋葬するそうです」重田が言った。「それを真似ました」口の横にごはんつぶがついてい た。「でも、生きている者は、本物のおにぎりを食べましょう」そう言いながら2つ目のおにぎりを食べ始めた。かな子にももう一つ手渡してくれた。かな子が サランラップをはがして食べ始めるのを見て、重田は目を細めた。しばらくかな子の様子を見ていた。それから「辛い思いをさせて悪かったね」と言った。そう 言う重田に、かな子が不思議そうな顔をすると続けた。「日本人として生まれた以上、誰もがその日から戦争の責任を負わねばならんです。それは死ぬまで続く し、子供や孫の代までも続くでしょう」かな子の気持ちを読んだかのようにつけ加えた。「自分がやったわけでもないのにね。すまないね」かな子は何と言って いいか分からず、食べかけのおにぎりから覗いている梅干しを眺めていた。その様子に重田は手をひらひらさせて、食べなさいと促した。自分も一口残っていた のを頬張ると、サランラップを両手の平に挟んでくるくる丸めた。

「本物のご飯を食べて、毎日、楽しく元気に暮らしてください」小さく丸まったサランラップを包みの中に入れると、水筒のお茶を蓋に注ぎ足した。また 湯気が天に昇っていった。「元気に暮らして、怒りを受け入れ、後ろめたい気持ちを抱えて生きていく強い力をつけてください」かな子は黙ったまま、おにぎり をほおばった。梅干しがすっぱかった。そのまま、重田もかな子もしばらく黙っていた。おにぎりを食べ終わると、かな子は重田に習って、サランラップを手の 平で丸めた。いつまでもくるくる丸めていると、少し離れた桜の木の根元にまだ一人、消えずにいる人がいるのに気が付いた。中学生くらいのひょろっとした男 の子がぼんやりと佇んでいる。

「ああ、あの人は生きている人です」と重田がかな子を見透かしたようなことを言った。かな子はなぜかぎょっとした。そして、生きている人を見て ぎょっとするのはおかしいなと思った。重田は包みからまた一つおにぎりを出し、よっこらしょと立ち上がり男の子のところへ歩いて行った。かな子も立って、 重田の後を追いかけた。その気配に男の子は目が覚めたみたいにこちらを見た。そして言った。「なんだ、かな子じゃないか。そうだ、寿司を食べに行く約束 だったな」かな子は再びぎょっとし、思わず近くによってよく見ると、男の子には大叔父の面影があった。いつも、少年のように若いと思っていた大叔父が、正 真正銘の少年になっていた。「それでは、私はそろそろ。ここまで送ってくださってありがとうございました」重田がおにぎりをかな子に手渡しながら、頭を下 げた。顔を上げた重田は、今朝がた、火の粉の舞う東京駅でかな子を助けてくれたパナマ帽の男性だった。

その時、さーっと風が吹いた。桜の葉がざわざわとした音をたてた。葉の間から紙に書かれた大量のおにぎりや饅頭、チャーイップダンやキンパが舞っ た。そして、夜空に消えていった。「すみません、閉門の時間です」と声がした。はっとして時計を見ると、神社に着いてからまだ10分もたっていなかった。 同じ声が「あれ? 綿貫さん?」と言った。見ると、かな子が神社でアルバイトをしていた頃の同僚だった。彼女は、大学を卒業しても神社に残り、本職の巫女 になっていた。それほど親しくしていたわけではないが、同い年で4年も一緒に働いていたから、かな子のほうでもすぐに彼女だと分かった。巫女をするにはあ まりに元気な人だという印象を持っていた。だから、本職になったと知った時には、正直、意外だった。「わあ、久しぶり! どうしたの? お参りに来た の? 」と門のことはほったらかして近寄ってきた。そして「 一人?」と聴くと、今度は声を小さくして「今日はさすがに疲れたから、気分転換しようと思っ ていたところ。ちょうどいい、いっしょにお寿司でも食べて行かない?」と悪巧みをするような顔をした。かな子は巫女の格好でニタニタと笑っている同僚の全 く何も変わっていない様子に、つい笑顔になった。「ありがとう、でも、今日は親戚の者といっしょで」と言いながら辺りを見渡した。重田も大叔父も、手のお にぎりも消えていた。同僚は訳知り顔をして「今日はそういう日よ。綿貫さんにもお寿司とビールが必要みたい」と言った。

 

翌朝、かな子はいつものように朝の支度をした。そして、いつものように、わざわざ2回乗り換えて山手線に乗り、東京駅で降りた。降りると、慣れた動 作ですっと流れに乗る。まるで軍隊の行進のように、一糸乱れずに流れて行く通勤ラッシュに、かな子は今日もよく適応していた。八重洲中央口を目の前にし、 鞄の中から定期を出そうとして、昨日、神社でアルバイトをしていた頃の巫女仲間から貰ったパンフレットが目に付いた。昨夜、結局、かな子は誘われるがまま に彼女と寿司を食べに行き、そこでそのパンフレットを貰ったのだった。昨晩からずっと考えていることがまた頭をよぎった。それで歩く速度が一瞬遅くなり、 よろっとして行進の流れからはじき出された。瞬間、後ろから腕を掴まれた。「大丈夫ですか?」声をかけてくれたのは、スーツ姿の若い女性だった。かな子は つい駅の天井を見た。火の粉は舞ってこなかった。「貧血ですか? どこかに座りますか?」と若い女性が言った。かな子が「いえ、ぼんやりしてしまっただけ で、大丈夫です。ありがとうございました」と言うと、「そうですか?」と少し心配そうにした。腕にかけている黒の革の鞄から、それとは不釣り合いに丸く赤 いかわいいキャンディーを取り出すと、かな子にくれた。一瞬ニコリとすると、女性は行進の流れにすっと加わり、中央口から吐き出されていった。

事務所に到着し、いつものようにマンションの入口に備え付けられた郵便受けをチェックした。何も入っていなかった。エレベーターで8階まで上がり、 ドアノブに手をやると、やはり鍵がかかっていない。ドアを開けると大叔父が窓辺でコーヒーを飲んでいるのが見えた。窓は大きく開け放たれているが、部屋に はコーヒーの香りが充分に満ちていた。「おお、かな子か。昨日はすまなかったな。お客さんにつかまっちまって飲みに行った。電話をかけるチャンスがなくて な」かな子が残しておいたメモをひらひらさせながら、大叔父が申し訳なさそうな顔をした。「飲んでいるとき、おまえもいたような気がしていたが、酔ってい たから夢でも見たのかもしれんな」と笑った。かな子は、その通り、昨日会ったのよと思いながら、「気にしないで。久しぶりの友人にばったり会って、結局、 私はお寿司食べたの」と言い、机の上に適当に置かれていた郵便物と、今朝も大量に入ってきているファックスの整理に取り掛かった。

不要な郵便物をまとめた時、ふと、鞄から覗いているパンフレットを手に取った。ダイレクトメールといっしょに捨ててしまおうかと考えていると、大叔 父が声をかけてきた。「どうした? ぼんやりして」かな子は昨夜、神社にいた若い頃の大叔父の様子を思い出し、相談してみる気になった。「昨日、お寿司を いっしょに食べに行った友達に貰ったの」と言いながら、大叔父にパンフレットを渡した。それは、中国残留孤児を日本に迎える運動をしている団体の作成した パンフレットだった。巫女仲間だった同僚は、その団体に所属しており、近く日本にやってくる孤児たちをサポートするボランティアを集めていた。神社で偶然 会ったかな子が大学で中国語を専攻していたことを思い出し、「神さまの思し召しだ。巫女をやっていてよかった」とまたニタニタと笑ったのだった。

「かな子は中国語を話せるのか?」と大叔父が聴いた。かな子は自分がなぜ大学で中国語を専攻したのか、その理由を全く覚えていなかったが、根がまじ めなので授業はしっかりと受けていた。話すのはほんの日常会話くらいしか出来なかったが、読み書きはそこそこできた。筆談は今でもできるはずだった。それ を知ったときの昨夜の同僚の様子を思い出した。「通訳を入れるよりよっぽどいい。とにかく、さらな気持ちで孤児の人達と接することの出来る人が一人でも多 く欲しい。受け入れ態勢があることを示したい」と、彼女はまじめな顔になって独白するみたいに言ったのだ。その時、神社でチャーイップダンを受け取ったお ばあさんの薄く透明な身体の先に見えた賑やかな街の風景を思い出した。あの風景の中を生きてきた人達が日本にやってくる。日本に対する2つの怒りを持った 人達。中国人としての怒りと置いてきぼりにされた日本人としての怒り。それを受け入れる。かな子は無性におにぎりが食べたくなった。重田にもう一度、会い たくなった。

「孤児の人は、きっと、あの子と同い年くらいだな」大叔父が独り言のようにつぶやいた。「あの子って?」とかな子は聴いた。ファックスがジーッとい う音とともに入ってきた。 その音を聴いて、そう言えば、今朝は蝉が鳴いていないと、かな子は思った。無機質なファックスの音がいつもより大きく響いた。 大量の注文なのか、数枚のファックスが流れるように入ってくる。ブラザーの無骨な四角いマシーンが全てのファックスを流し終えるのを待ってから大叔父が答 えた。 「妹だ。かな子のおばあさんの一番下の妹だ。空襲で死んだ」祖母や大叔父は、上野の山の西郷さんのところに逃げて助かったと、かな子は母親から聴 いていた。だから、戦争で死んだのは、南の国で戦病死した人だけだと思っていた。その人は神社に祀られている。

大叔父が続けた。「終戦の年、東京は何度も何度も空襲を受けた。凄い数のB29が飛んできた春の日、皆で上野の山へ逃げた。西郷さんのとこには、最 後まで爆弾は落とさないとアメリカがビラを撒いていたからだ。確かに爆弾は落ちなかったが、B29よりずっと小さな飛行機が火の塊になって落ちてきた。防 空壕に入り切らずに西郷さんの周りにいた人達はその様子に見入った。気がついた時には、あの子はその火に向かって走ってた」話しながら、大叔父はかな子が 神社で見かけた時と同じ、ひょろっとした背の高い男の子になっていった。「俺がちゃんと手をつないでいれば」そう言ったきり黙りこんだ。しばらくして、少 年の大叔父が言った。「孤児の人達は、にぎられていた手を……いや、離された手を探しに来るんだろうか?」かな子が黙っていると、その質問に自分で答え た。「そんなもの、どこにもないのにな」

その時、事務所の電話が鳴った。かな子が出ると、巫女の同僚からだった。電話口から彼女の大きな声とともに屈託のない元気な感じがあふれ出てくるの を感じた。巫女をしていた時には、彼女のこの健康な感じをただ、巫女には不釣り合いなものと思っていただけだったのだが。同僚は開口一番に、昨日は申し訳 なかったと言った。つい興奮してボランティアに強く誘ってしまったが、気にしないでゆっくり考えて欲しいというようなことを言った。そして、「また、飲み に行こうね!」と元気よく言って早々に電話を切ろうとした。かな子は一方的に話す同僚に「ちょっと待ってね」と言うと、大叔父に渡したパンフレットを手に 取り、もう一度見た。巫女を辞めたくらいでは逃げられないのだろうと思った。重田が言うように、日本人として生まれた以上、一生ついてまわってくるのだろ う。「だったら」とかな子は口に出して言ってみた。「だったら?」といぶかる同僚に、パンフレットに書かれている説明会に参加すると告げて電話を切った。

「その大変そうなボランティアやるのか?」と大叔父が聴いた。元の姿に戻っていた。「ただ、筆談で話すだけ。とりあえず、私の手は両方ともあいてい るから。その手を動かしてくる」かな子がそう言うと、その通りだとでも言うように蝉が鳴き始めた。かな子一人きりの事務所に、蝉の求愛の声が大きく響き 渡った。


 

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ほさかひろこ Hiroko Hosaka / 小説書き、朗読者、指圧師見習い

短編小説を地道に執筆。詩や絵本、小説の朗読を 行う。マラソンなど延々とする感じのことを好む。最近、家の猫が2匹になり、猫のことばかり考える日々を過ごす。bpnf1219@gmail.com

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田之上尚子 / 挿画家

ペンと水彩で、物語の世界を描く。絵本・エッセイ挿絵・ポスターイラスト等手がけたり、年に2、3回画廊やギャラリー、病院内で個展を開催。

音楽も好きで、長野県松本発バンド『有機幻燈』に所属し、パンデイロなどの、鳴物も勉強中。

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HosakaHiroko

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小説書き、朗読者、指圧師見習い 短編小説を地道に執筆。詩や絵本、小説の朗読を行う。マラソンなど延々とする感じのことを好む。最近、家の猫が2匹になり、猫のことばかり考える日々を過ごす。 田之上尚子 / 挿画家 ペンと水彩で、物語の世界を描く。絵本・エッセイ挿絵・ポスターイラスト等手がけたり、年に2、3回画廊やギャラリー、病院内で個展を開催。 音楽も好きで、長野県松本発バンド『有機幻燈』に所属し、パンデイロなどの、鳴物も勉強中。
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