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Nov 1, 2016

常識の六次元

天から優しい贈り物

Photo & Text by Kaoru-chan

kaoru_nov

タエはなぜだか感じていた。子どもを身籠ったのは初めてなのに、この子は何かが違う、と。お腹の蹴り方?超音波画像に写る姿?言葉にならない子どもの叫び?これこそ母と子の繋がり?それとも魂の繋がり?

分娩室に響き渡る産ぶ声がタエの中耳にこだました瞬間から、タエは異変に気付いた。鼓膜に何かが絡まった感覚だった。絡まった何かが鼓膜を異様に揺らした。産ぶ声の波長に子どもの悲哀の波長が重なったのかもしれない。

この子、もしかしたら…

これは神様のいたずらなのか。

子どもが育つにつれて、ものごとの理解が遅いことに気付いていった。

そういうことだったのね。

タエはマサシの知恵遅れにしっかりと向き合った。いや、タエは、向き合うというほど覚悟を感じなかった。それを感じないほど、タエにとってマサシは宝物だった。手がかかる分、余計に愛が深まっていった。向き合うことが楽しかった。

タエはマサシに前向きに接した。この子を残して先立てない。漠然とそんな感覚を持ちながらも。

その瞬間に備えて、タエは道筋を描いていた。だれかの助けを借りてもいい。

どんなできる人間だって、すべてをひとりでこなしてはいない。彼ができること、だれかにしてあげられること、そこだけに気持ちを集中させた。マサシはタエの教えを素直に受け入れた。

そのとき、その瞬間に、この子がたくさんの人たちに囲まれていたら、それでいいじゃない。安心じゃない。そう決めていた。ただ、その瞬間を想像してしまうと、涙が湧き出た。目の周辺で涙腺がこれでもかというほど締め付けられて熱くなった。涙は下まぶたに堰き止められ、かろうじて流れ落ちずにいた。水中で目を開けたときのように、脳に届く映像は歪んでいた。映像に意識はいかなかった。ただただ、想像したくなかった。この子との別れのときを。

 

あっ、このままだとぶつかる!

その瞬間はふいに訪れた。

ぶつかる瞬間に、タエはマサシを呼んだ。

「マサシ、ごめんね…」

時間が止まったように感じ、その言葉だけが流れていった。痛みも何も感じなかった。

涙だけ溢れるのが感じられた。

涙は一筋の流れとなって頬を伝った。

対向車がこっちに気づかずに右折してきていた。ブレーキを踏む時間はなかった。

 

式の間もマサシはいつものように笑顔を絶やさない。

マサシはわかっていたのだろうか。

きっと、わかっていたね。

棺を閉じる間際に、マサシは二度と目を開けないタエの顔に見入っていた。涙が頬を伝っていた。タエに感謝の気持ちを伝えていたに違いない。

「安心して、母さんのおかげで、たくさんの人に囲まれてるから」

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Kaoru-chan

Kaoru-chan

知財経営コンサルタント、弁理士、起業家 / お釈迦様はこう言ったらしい「人の気質は肉体的・情緒的・社会的環境のなかで作られたものと理解するとき、人の残酷ささえも憎しみの対象とはならず、…変える手助けをすることができ」。理解と愛とは一体不可分である、と。だれもがあまり気づかないことに触れて頂くことで、理解そして愛が深まってくれることを願っています。
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