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Feb 28, 2017

おやすみなさい

「生命の馬」

Photo & Text by Taeko Akiyama

taeko_march

ある日、胎児と私の体とが信号を送り合い、全身に大きな合図が開始されて、膣の奥、鼻の頭の固さくらいの子宮の入り口が息づき、何かのリズムに合わせて、子宮の収縮と子宮口の拡大が始まった。

リズムに合わせてお腹の締め付けが現れては消え、その感覚がどんどん強く、波の間が狭くなり、縮みだした子宮の中で押された胎児の頭が出口へ下がって来る。

最後の段になって、私の骨盤が音を立てて角度を広げていくのがわかり(体の中でミシミシと不気味な音がした)、背骨が何か巨大な万力のような機械でへし折られるような力がかかった。

凄まじい力に脅え、目をつぶって体の力を抜くのがやっとだった。そのとき思った。

(背骨が折れる)

そしてはじめて遠くで思った。

(死ぬのかも知れない)

そうだ、そういうことだ、出産は。胎児が出てくるためには、私の体なんて。豆の鞘と同じだ、中身が充分に育ったら、鞘はもう、無くてもいいんだ。

そして思った。体が、私を置いて、完全に私を置いて、子供を押し出す作業に没頭している。どこに行くかわからない馬のような体に、必死で捕まって、止める手段もなく、せめて振り落とされないように。そのことばかりを考えていた。

馬は全速力で走り続け、最後に私は、人の進化を遡って、一番本能的な部分から絞り出すような奥深い臓器から、今までどこからも出したことのないような発声をした。

その声があまりにも動物的だったので、自分からこんな声が出るのかと心底驚いた。

そうやって胎児は押し出されて、いきなり広いところに引っ張り出され、急に手持ち無沙汰になった腕をおおきく広げて摩擦の多い発声と同時に肺呼吸を開始した。

私はそのとき、人間であるとか、心がどうの、魂がどうの、そういった問題のさらに奥に屹立する、殆ど凶暴に近い命の力をあらわに、目の前に、そして自分の中に見た。

雌の誰かが絶対に子供を産まないと、私たちは滅びてしまう。

私の体から次々と出てきた、湯気の立つ体液、血液、役目を果たした臓器、生きた肉の塊。

それから私のものの見え方が変った。生きようという暴力的な本能について。

私は只、馬にしがみついているだけ。馬はもう、死に向かって疾走している。成長が終わったら、生きる方向は変わる。誰でも死ぬ。

意識で出産が止められるか。思いの現実化で広がりだした産道を閉じられようか。

そんなことはもう、ただの遊びのようなもので、

命がなければ、そんな思考の遊びもできない。

あとは死に向かって走る、私の、生命の馬。女の馬。

 

あと何度でも、出産したい。

おやすみなさい。

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Taeko Akiyama
施術者 港区は青山一丁目「スゥェディッシュマッサージiki」オーナーセラピスト。 千葉市出身、横浜市在住。
Taeko Akiyama

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