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Mar 1, 2017

数学的妄想

バタフライ効果 その三

Art & Text by Nobuko Igaki

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カオスの発見以前

 ある生物の最大許容個体数に対する割合の世代変化が、ロジスティック写像 y = ax(1 – x) に従うと仮定しよう。xの値が親の個体数割合、yの値が子の個体数割合である。この同じ式を使って、15世代にわたって個体数割合を計算してみると、定数aの値が小さいときには、下の図のように、ある一定の割合に落ち着く。

一定値nobu

また、もう少しaの値を上げると、次図のように、周期2のくりかえしパターンに落ち着くようになる。さらにもう少しaの値を上げると、冒頭の図のように、周期4のパターンになる。

周期2nobu

カオスの発見以前は、上記のように、ある一定の値に安定するか、あるいは、なんらかの繰り返しのパターンに安定するであろうことは、誰にでも容易に想像することができた。

繰り返しのパターンにびっくりする人もいると思うが、同じ式を繰り返し使うのであるから、何世代目か前に出た値が、もし再び出たとしたら、そこから先は、過去と同じ振る舞いが生じるのは、あたりまえのことである。

そして、スタートの値(初期値)がほんの少しずれたところで、(そのズレはもちろん世代にわたって少しずつは大きくなるだろうが)、全体としてはそう大きくは変わらないのではないか、と思われていた。実際、上の3つの図では、初期値がほんの少し違う赤いグラフと青いグラフのズレは、たいしたことはない。

この1変数の単純なロジスティック写像においても、aの値が3.56より大きいとき、カオス現象が起こり、見た目、ぐちゃぐちゃなランダムな動きをすることが今やわかっている(前号参照)。しかし、カオスが発見される前の人類が想像できたのは、安定軌道に落ち着くか、あるいは、周期軌道に落ち着くかのどちらかであったし、初期値鋭敏性という現象もみたことがなかった。

カオスの発見

 マサチューセッツ工科大学の気象学者エドワード・ローレンツ (1917-2008) は、複雑な気象モデルを扱っていた。彼は、気温と気圧の関係や、気圧と風速の関係など、12個の数式にしたがう仮想地球気象をコンピュータ上につくっていた。

当時のコンピュータは、真空管を使ったアナログ式のもので、もちろん、モニター画面もない。一日の天気は、一分ごとに、プリンタから数字の列としてつぎつぎと打ち出されていく。ふしぎなことに、同じパターンがふたたび現れることはなかった。彼の同僚たちは、ローレンツの明日の天気がどうなるか賭けをしたそうである。

1963年のある日、彼は、以前やったのと同じシミュレーションをもう一度やりたくて、コンピュータに初期値0.506を入力してから、コーヒーブレイクのために席をたった。しばらくして戻ってきた彼は、コンピュータの出した結果をみて、びっくりした。そこには、前回のときとはまったく異なる気象予測結果が出ていたのだ。なぜそんなことが起こったのか? 調べてみると、前回使った初期値が正確には、0.506127だったことがわかった。偶然にも、初期値の入力ミスがカオスの発見につながった。

“バタフライ効果“のネーミング誕生

 この発見に驚いたローレンツは、原因をさぐろうと、彼の気象モデルを3つの数式からなる単純なものにしてみた。それでも、同様の初期値鋭敏性が現れた。すぐに、彼は、この3変数の気象モデルの初期値鋭敏性について、学会で発表する。タイトルは、「ブラジルでカモメが羽ばたくとテキサスで大竜巻が起こる?」のはずだった。インパクトをねらったこの学会主催者が、勝手に、「カモメ」を「蝶」に変更するまでは。

カオスは日本人によって発見されていた!

 1961年に、当時の京都大学博士課程の大学院生 上田 睆亮(うえだ よしすけ)(1936- )(現京都大学名誉教授)が、2変数の電気回路の周波数引き込み現象のシミュレーションを行っていた。そこで、彼は、ある状態に落ち着くわけでもなく、周期的な繰り返しが現れるわけでもない、見たことのない「不規則遷移現象」を見つけた。それは、従来の常識を覆すものであった。

この不規則遷移現象こそが、今でいうカオス現象であった。つまり、上田の方が、ローレンツよりも早く、カオスを発見していたのだ。しかし、上田の指導教官がその重大さに気が付かず、論文投稿を許可してくれなかった。指導教官は、この不規則遷移現象は、単に、安定した軌道に落ち込むまえの不規則な振動としかとらえていなかった。

不遇な境遇がつづいた上田であったが、1978年になってようやく、上田がすでにカオスを発見していたということが、フランスの数理物理学者ダヴィッド・リュエルにより ”発掘” された。現在では、上田は、カオス発見の第一人者として国際的に認知されている。ところで、人類にとって、カオス発見の意味するところは、一体何であろうか? そのお話はまた次号で。

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井垣伸子

井垣伸子

数学者 東京都出身。関西学院大学教授、博士(工学)。数学を実社会に応用して、複雑な状況における意思決定を支援する研究をしている。氣圧療法士の資格をもつヒーラーでもあり、みえないものへの興味がつきない。みえないものをとらえようとする写真家でもある。
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