数学的妄想
バタフライ効果 その五
Art & Text by Nobuko Igaki
コーヒーでも飲みながら
今回も、カオスについての妄想にお付き合いいただき、ありがたい。行きつ戻りつグタグタと書いているが、コーヒーでも飲みながら、日常とかけ離れた数学の世界に浸るのも、案外のんびりした気分になるものだ。
命名 “カオス”
ところで、「カオス」という用語が使われるようになったのは、リーとヨークが1975年に発表した「周期3はカオスを意味する」(原題 Period Three Implies Chaos)というなんともミステリアスなタイトルの論文がきっかけである。こんな小説のタイトルなような素敵なタイトルの論文を私も書いてみたいものだ。さて、この論文の内容であるが、「バタフライ効果 その三」で出した例を思い出せば、カオスではない状態では、周期2、周期4、・・・と偶数周期の状態が起こっていたと気づく方もいるだろう。「周期3はカオスを意味する」は、その点に関連しているのだ。
“カオス”なのに秩序がある
「カオス(Chaos)」を辞書でひくと、「大混乱」とか「無秩序」とある。一見、むちゃくちゃなランダムにみえる現象なので、リーとヨークは、「カオス」と名付けたのだろうが、実際には、初期値を決めれば、あとは式にその値を繰り返し代入するだけなので、すべての値は確定している。無秩序どころか、完全に秩序がある。このことから、数学におけるカオスのことをわざわざ「決定論的カオス」と呼ぶ人もいるくらいである。
科学はカオスに太刀打ちできない?
しかしながら、この革新的な発見を喜んでばかりもいられなかった。なぜかというと、カオスは、バタフライ効果(初期値鋭敏性)という目新しい性質を持っていたからである。人類はそれに気づいてしまった。つまり、いくら精密に測定したところで測定誤差が生じる以上、初期値から推定される将来の振る舞いが大きく変わってしまい、それではまったく将来の予測ができない、ということが起こる可能性を人類は知ってしまったのだ。
“カオスの発見”のカオス
そのことを指してならば、確かに「カオス」と呼べるかも! と妄想してしまう。実際、カオスの発見によって、科学信奉者たちの上空には、「予測不可能性」という暗雲がたちこめてしまったのである。しかし、そこに一筋の光が差していた。そのお話はまた次号で。