Magazine
Aug 2, 2017

世界丸ごと食べ歩き

 ロンドンの食のニューウェーブ

Text by Mark Akabori

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フランスのリヨンを離れ、フランス版新幹線TGVから英国ご自慢の高速列車ユーロスターに乗り換えドーバー海峡を列車で渡りロンドンに到着した。

今回の欧州旅行の終着地点として選んだのは、私の大好きなロンドンである。これまで英国には延べ40回以上訪れ、北はスカイ島、湖水地方スコットランド、西はランズエンドまで英国内全土とアイルランドを列車でくまなく旅し自称英国通であり、心和むこの国が大好きである。それが故にロンドンに来ると何か帰ってきたという安堵感が広がり、我が街のような気になるのである。

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ロンドンを訪れると時間を見つけ、いつもミュージカルを見てWALKING TOURに参加するのが私の楽しみでもある。事前予約なしで定刻に指定の地下鉄駅に集合すれば歴史に精通したボランティア市民が案内してくれるのだが、ロンドンの街をより深く知るにはこの上なく楽しい。何気なく通り過ぎてしまう建物や裏通りのあちこちに秘められた街の歴史エピソードが潜んでおり,過去を思い起こすと,何か大昔にタイムスリップしたような感じにすらなるのである。

コースにはシャーロックホームズ事件簿のいわれの場所、テームーズ川周辺のパブ巡り、ビートルズのなじみの場所などなど観光バスでは味わえない上質の内容コースがあるので是非お薦めしたい。

http://www.freetoursbyfoot.com/london-tours/   ここを参照下さい

英国の街を訪れると、どこへ行っても、必ずといっていいほどパブと教会があるが、ロンドンの街角にもいたるところに、かつてパブがあったが、いつの間にかスターバックスなどにとって代わり、ウエッジウッドやドルトンなどに代表される英国の陶器の店も消滅し英国王室御用達の店ですら生き残れずなくなり、オンラインオーダーにとって変わるなど、この古き良き大英帝国にも時代の変化が着実に到来している。

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お洒落な男性諸氏にとっては背広の語源となったサビルロー通りは英国屈指のテーラーが軒を並べ、ジャーミン通りに行けば上等なワイシャツ屋や靴屋さん街があり、男性フアッションの源泉で伝統に裏づけされた英国紳士の服装が憧れの的である。私もいつの日か、英国でテイラーメードのスーツ、シャツ、靴が作れるのが夢であったが、歳と共に余裕も出来て、ある時点から上から下まで英国紳士の服装にずっと陶酔していった。良いものは流行に左右されず上質で飽きがこず、型も変わらず筋がびしっと一本通っており、長年愛用できて実は買い徳なのかも知れない。されど、スーツの型は変わらずとも自分の方の体型変化にはどうにも服が追随できず、一張羅のスーツが着れなくなるのが誠にむなしく残念である。といって、捨てられず、いつの日か着れることを願って未だに保持し続けている。笑

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世界で一番、車内スペースがあり乗り心地の良いロンドンタクシーで、空港から定宿のホテルに向かい見慣れた街並みについ心が弾んだ。元日産マンとしてはNYに続きロンドンでもタクシーの大型商談を、並み居る強豪を破り日産が受注し、この街中を日産版のロンドンタクシーがこの先走りまわるのが、とても楽しみである。今日は何はともあれ、旅行中封印していた待望の美味しい和食を食べようと既に心に決めGREEN PARK の老舗和食レストラン菊に自然と足が向いた。毎日、美味しい現地の食事を食べているのに、やはり和食を無性に食べたいと思うのは、正しく日本人に他ならないと自覚した。そして、久しぶりに食べる和食に、思わず顔をほころばせ、やはり、長年親しんだ日本の味は実に旨いものだとつくづく感じ入ったのである。

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そういえば、欧州出張時のかなり昔の話だが、オランダにある日産欧州本社での仕事を終え、オランダのスキポール空港から、次の目的地であるロンドンのヒースロー空港に向かい、時間にして約50分弱のシャトルフライトである。

ところが、ヒースロー空港を目前にし、搭乗機は何度も着陸態勢を試みるのだか、どうも機体の様子がおかしく、左右翼脇の両車輪がどういうわけか下りずに突然、着陸不能の危機事態に陥ったのである。

やがて、機長のアナウンスが流れ、緊迫した雰囲気の中で、機体不具合の説明がなされ、最悪ケースには胴体着陸せざるを得ないとの判断が報告された。このアナウンスが流れるや否や、フライトアテンダントの指導で緊急着陸態勢の訓練が始まり、客はだんだん追い詰められ、神に祈る人、遺言めいたメモを取る人、落ち着きなく鳴き叫ぶ人など、既に機内はパニック状態になっていた。そういう私も気が気でなかったのを思い出した。そして、このBAドル箱路線は乗客満載で着陸時の事故阻止に備え、ドーバー海峡に引き返し、燃料を使い切るため何回も上空を旋回し始めた。

こういう時には、誰しも考えるのは悪いことばかりで、私自身、ふと半生を振り返り、仕事で明け暮れし猛烈社員の仕事人間のあげくのはてに、独身の身で最後はむなしく海外の地で飛行機事故で一命を落とすという何という悲劇であろうか。自分の人生はこれで何と哀れで寂しいものであったのかと頭をよぎり生きた心地が全くしなかった。そして、とてつも長く感じた上空での時間の末、いよいよ空港に引き返し態勢を立て直し滑走路に入り胴体着陸に向かうとするその瞬間に幸いにもガタンガタンと大きな音共に右翼側の車輪だけが動いたように感じとれた。機長もそれを確認し、ひょっとしてこれで助かるのではと、天を仰位だ。しかしながら、片側車輪では機体の安定が保てず、急ブレーキを踏むと機体が大きく流れ、窓をみると機体からすごい勢いで火花が出ているのがよく見えた。そして機体が地面を滑りながら大きな衝撃と共に止まり、周囲にはたくさんの消防車が消火活動をする中で我先に次々に乗客がドアーからパラシュートでどんどん滑り落ちていった。救急車で乗客がどんどん運ばれたが幸いにも大きな重症の乗客は見当たらず、大事に至らず、運よく全員無事助かったのである。翌朝の新聞にもこのことが大きく報道された。

自分自身、一度は生死の境を歩むと、とりわけ生きている喜びが沸き上がり、その時、仕事がすべての生活から早いとこ身を固め良い家庭を持とうと心の中で強く誓ったのである。

翌日に悪夢から目覚め、気を取り直し仕事を済ませ、夜の便で帰国の途に就く予定でいた。ところがロンドン市内からヒースロー空港に向かう道中に帰宅のラッシュに遭遇し大渋滞で幹線道路を避け一般道を走っていた。昨日に続き悪いことは重なるもので、公園でサッカーしていた男の子がボールをおかけて道路にいきなり飛び出してきた。思わず危ないと叫んだ時にはタクシードライバーも急ブレーキを踏んだのだが、間一髪間に合わず、そこには子供がぐったりして倒れていた。 救急車とポリスカーが直ぐに到着し子供は最寄りの病院に急患で担ぎ込まれた。

不幸中の幸いで、スピードが余り出ていなかったこともあり、子供は強度の打撲傷であったが命には別状なく助かった模様であった。一方、タクシードライバーはパキスタンからの移民で難関のロンドンタクシーの運転資格をやっと取得し5人家族の家計を一人だけで支えているという。私も帰国便の時間も迫ってきており、気の毒だがこのタクシーをあきらめ乗り換えて空港に向かうしかないとも思った。

しかしながら、このドライバーは人身事故を起こすとタクシー運転資格をはく奪され一家は生活できずに路頭に迷うので、翌日の警察立ち会いの下での交通裁判所には、どうしても証人として立ち会ってほしいと涙流さんばかりに懇願された。私の眼には今回の事故は冷静な情勢判断としてドライバーの過失責任として一方的に処理されるのは非常に可哀そうだしし、不合理だと咄嗟に感じていた。

私も昨日飛行機事故で危うく命を落とす寸前であったことを考えれば、何とかこの人を助けてあげたいと、その時、強く思った。本社にはこの事情を話し帰国を1日延長し、翌日、自分の責務として裁判所に立会い、彼の立場を擁護する証言を行った。

そして、この結果ドライバーはタクシー運転資格をはく奪されることもなく仕事継続が許されることになり、私を一生の恩人とすごく感謝され、本人は大喜びで、その彼の笑顔が未だに忘れられないでいる。その後、何年にもわたり家族写真の入ったX’mas Cardが、私のもとに送られてきて、彼の子供たちの成長と共に幸せな家庭生活をしている姿を見るにつけ、この出張延期の決断と証言が人の役にたったことが、今なお、私にとっても大変嬉しく、幸せである。ロンドンを訪問するといつもこの時のことが鮮明に思い出されるのである。

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さて、英国の食事はいまいちで美味しくないとの声をよく耳にする。私自身も確かに英国でローストビーフで有名で老舗のSIMPSON‘S-IN-THE -STRAND(https://www.simpsonsinthestrand.co.uk/)や、17世紀から続く高級魚介料理専門店(https://www.simpsonsinthestrand.cohttps:)、アフタヌーンテイーなどを除くと、印象に残る再来店したいレストランが少ないのも事実である。世界中から上質なモノや情報が集まる国際都市ロンドンになぜ美味しい店がないのが以前からずっと不思議に思っていた。 英国人には大変失礼だが、フィッシュ&チップスが大好物で一般家庭で冷凍食品の消費量が欧州随一のこの国はひょっとして英国人は総じて味音痴?なのかと思わず考えてしまった。

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ところがである、今やロンドンは美味しい物の充実ぶりが著しく新進気鋭の若手シェフがオーガニックの自然食材を使ったナチュラルで軽いカジュアルなガストロミー(美食術)の素材重視の新しい形のメニューを提案し、欧州のみならず世界のニュートレンドとして脚光を浴びてきている。

その代表格の一人がALYN WILLIAMSヘッドシェフのTHE HOTEL WESTBURY内のレストランである。

スコットランドの魚貝類やハードウィックのラムなどの英国素材の思い入れも熱く、ミシュラン2つ星獲得の実力派であるシェフのフレンチテックニックを駆使した料理はインパクトがあり圧巻である。カニ入りのフレンチオニオンスープ、低温料理のタラは海藻と魚介がベースのブロスとイカ墨クラッカー添え、半冷凍したフォアグラとサンドキャロットにキャロットビューレにリコリスとコリアンダーがけ、最後のデザートはレモンポセットというプリンで美味である。

詳細はhttp://www.alynwilliams.com/  ご覧ください

そして、今回何より度肝を抜かれたのはインド料理の、先進的な進化発展である。英国にはかつての植民地であったインド料理の店が非常に多くそのほとんどが伝統的なカリー料理を提供する店である。今話題になっているインドレストランは従来の発想と全く異なるインド版ヌベールキジューヌというべき革新的な小皿料理でお洒落でインド料理の奥の深さを感じる初めての味とメニューに驚きとあっぱれを送りたい。

肝心なのはプレゼンだけでなく味も格段に美味しく新ジャンルのインド料理を是非お試しあれ。

先ずはメニューをご覧ください。

https://www.benaresrestaurant.com/menus/set-menu/

昨年10月に私のエッセイ執筆以来、多くの方に読んで下さり大変嬉しく思います。

読者の方に毎号たくさんのコメントを頂きそれを読むのが、私自身にとっては書く励みでもあり

楽しみでもありました。次号が今回の年間連載でいよいよ最終回になりました。

9月号をお楽しみにして下さい。

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Mark Akabori

Mark Akabori

1950年5月18日生。この世に生を受けた時間がなんと午後3時おやつの時間でこの時から先天的食欲症で食べること大好き人間。それが講じて男の手料理をたしなむ。 父は生命保険会社勤務で当時は自宅接待が多くお客さんの多い家庭に育ち母親は料理上手。 青山学院大学卒業後、日産自動車(株)本社に勤務。米国イリノイ大学ビジネススクール(MBA)社費留学を契機に米国を中心にカナダ、中東を含め累計約25年間駐在し訪問国は70を超える。 本年66歳を機に日系自動車販売会社のカナダ事業CEOから現役引退し、自宅のある米国ミシガン州のデトロイト郊外に暮らす。
Mark Akabori

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コメント8件

アバター sumiko hui | 2017.08.03 16:11

兎に角、飛行機事故話には昔の職場航空会社勤務の時代を思い出し、タクシーと子供の事故では涙が出そうでしたよ。助けて上げられて本当に良かった。赤堀さん天に大きな貯金を為さいましたね。今回はもう食べ物なんてどうでもよい。私もコペントガーデンへ一人でopera観に行くのは好きですよ。でも、メトの方がいいかな?まあ、両方ともいいですよね。

アバター Yoshiro Yamashita | 2017.08.04 7:11

赤堀さん、

今回のエッセイ、読ませて頂きました。あなたのロンドンへの思い入れがそれ程とは、全く知りませんでしたので、非常に新鮮でした。

飛行機には私も散々乗りましたので、怖い目にもあってますが、車での事故を思い出しました。かつて、商社の人の運転する車に相乗りし、中国・瀋陽を早朝に出て、大連から日本への帰国便に乗れるか否か、際どい瀬戸際で、『この便に乗れないと、会議の資料作りに間に合わない、翌日の顧客との打合せの約束は?』 と気を揉んでいたところ、乗っていた車が事故にあい、車は大破、危うく死にかけたことがあります。 その時、商談とか会議の資料等とは全く違う次元で『生きている』 ことのありがたさを、しみじみと感じたこと覚えています。 日々、目の前の雑事に追われ、『本当に大切にするべき大事なことを後回しにしている』 と、その時に思い至った感覚は、今でも私の財産です。

それにも増して、感動したのが、赤堀さんがロンドン・タクシーのパキスタン人の運転手さんを救った話です。果たして、どれだけの日本人が、出張の途中で日本に帰る便が迫っている状況の中、赤堀さんと同じ行動を取れるだろうか? と考えると、それこそ『あっぱれ』です。 そのパキスタン人の家族全員にとって、一生に及ぶ大問題ですからね。 たまたまタクシーに乗せた日本人が、裁判に出て証言出来る程の語学力と博愛精神があったことは、件のパキスタン人ご家族にとって、本当に僥倖だったと思います。我が友、赤堀さんを改めて誇りに思った次第です。

NoBU NoBU | 2017.08.04 7:15

タクシードライバーのために時間を割いてあげた、赤堀さんの素敵な意思決定が心にのこりました。

アバター Jerry | 2017.08.05 2:43

赤堀さん、
いつも楽しく拝見してます。英国のお料理は正直に言ってNGだと思ってましたが、随分進化してるようにお見受けしました。片輪着陸を経験されるなんて、命あってのものだねですね。すごく不安であったろうと思いますが、火災の原因になる燃料を抜いた後の胴体着陸は結構安全なんです。ただ緊急脱出をする時にあわてて、そこで怪我する方が多いのです。客室乗務員の言うことはしっかり聞いて、指示に従うのが一番安全です。ロンドンはそんなに何回も行った所では在りませんが、印象に残るのはバッキンガム宮殿の衛兵です。やはり選ばれた兵隊さんなのでしょうね。事故を起こしたタクシー運転手さんは赤堀さんのことをたいへん感謝してると思います。情けは人のためならず、ですね。
最後に、私もカルフォルニアにいる時、Doobie BrothersとEarth Wind & Fireはよく聞いておりました。懐かしいです。
Jerry

アバター Masukun | 2017.08.05 17:04

日本人の面目躍如ですね。
でもこの行動はきっとその後の人生にプラスに作用したはずです。情けは人のためならずですから。
昨晩、先日ご一緒した浦和のうなぎ名店「中村家」の女将にもこのエッセイ届けてきました。
まだ英国に訪問したことがありません。ロンドン、スコットランド行ってみたいです。

アバター Anna | 2017.08.06 8:39

今回も楽しいイギリス編ありがとうございました。学生時代にいたロンドンを思い出しながら読ませていただきました。赤堀さんの旅の記事は、いつも何かハプニングや面白い話(それも読みながら声を出して笑ってしまうような)があって、楽しませていただいています。私がいた学生時代は、親からの仕送りだけでお金もあまりなく寮で質素な食生活でしたが、それでもここぞ、という時に行ったのがインド料理とレスタースクエア近辺の中華料理でした。3年前久しぶりにロンドン訪れたら、食文化が随分変わっていて本当に驚きました。大人になってから(笑)行ったロンドンも楽しかったです。やっぱり「歴史」でしょうか。
この連載ももう最終回とは名残惜しいですが、最終回はどこだろう(日本かな)、、とまた楽しみにしています。

アバター Akio | 2017.08.06 23:08

また新作ありがとうございます。赤堀さんの世界の旅は興味尽きない、時に小説より奇といったエピソードに彩られていて、さらにそれらが見聞きでなくて本人が主役級の役割を演じているのが凄いとしか言いようがないです。
私も3年前にスコットランドを旅しましたが、重厚な歴史文化に加えて海産物を始め食べ物が美味かったのが期待に違う驚きでした。
次のエッセイ楽しみにしてます^_^

アバター Thomas Sano | 2017.08.09 22:04

今回はR指定なしにも拘らず、引き込まれるように読ませていただきました。いつもながら赤堀さんの感性と人間味に感動しました。ありがとうございます。

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