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Sep 1, 2017

世界丸ごと食べ歩き

美味しい料理にはうまい酒で相乗効果

Text by Mark Akabori

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これまで2ヶ月に亘り、米国ニューヨークを皮切りにスペインのサンセバスチャン、イタリーのシチリア島、フランスのプロバンスとリヨン、最後にロンドンへと美味しいものを求めてグルメ三昧の旅であった。楽しい旅はあっという間に過ぎ去り、今また、美味しい物と自己発見を求めて、新たなさすらいの旅に出ようとしているところである。

私自身、正直なところ、若さが妙に懐かしい年齢になり、考えてみるとこのエッセイを通じて自己の回顧録というか、グルメや訪問地から想起された、「人生思い出」紀行を綴ってきた。私だけでなく同世代の人は、この歳になると皆、どうも同じ様に、自分の生き様を振りかえり、ノスタルジアに浸りたくなるものらしい。

5月に日本へ一時帰国した際に、父親の転勤で小学校低学年のころ3年ほど過ごした北九州市の門司を訪ねた。駅前からタクシーの運転手さんに昔のかすかな記憶をたよりに自宅の近辺と小学校に連れて行ってもらった。

しかしながら、この間、半世紀に亘る長い年月が流れ、区画整理で町名も小学校の名前もすっかり変わっていた。同世代の運転手さんにここに間違いないといわれたが、あまりの変わりように昔を何も偲ぶことが出来なかった。そして、小学校の校庭が当時より、ずっと狭くて小さいのに驚き、大好きだった幼なじみも消息不明で、会えずじまいになった。

その後、バンクーバーの友人が名古屋勤務になり、彼のいる名古屋を訪ねた。この地も、また思い出深い地で、日産入社後に本社の新入社員として現場の苦労を身をもって体験するべく1.5カ月の工場実習と13カ月の販売実習を経験した。その時の販売研修先が名古屋の愛知日産犬山営業所で明治村や犬山城でも有名な観光地に囲まれた郊外の新興住宅地であった。

約40年ぶりでこの地を訪れ、とても懐かしく思い出された。その当時、三日に1度食べていた絶品のカツ丼があり、店構えは未だ変わっておらずすぐわかり、早速楽しみにしていた名物のカツ丼を注文した。夢にまで出てきたあのカツ丼は大盛りでカツも大きくボリュウムが売りで肝心の味はごく普通で期待外れでがっかりし、歳と共に自分の味覚が変わったことを痛感。笑

当時私は、販売研修のオリエンテーションが終了し、いよいよ営業所に配属され、わずか10日も経たずに3台受注し、自分の中ではクルマ販売は予想以上に楽なものだと、すっかり過信してしまった。研修時の販売形態は、今のようにお客様がショールームで商談する店頭販売ではなく、各家を回り、足で稼ぐ訪問販売が主体であった。従い、自分自身の油断から各家を足しげく回る訪問販売を怠った結果として翌月からおけら(販売ゼロ)街道まっしぐらで、このままでは先ざきに不安が立ち込めていた。

毎月の販売業績が本社出身部署にも通知され、このまま販売不振ではまずいと、喝を入れ直して、販売テリトリーを来る日も来る日も、 靴底が減るほど、軒並み、飛び込み訪問した。しかし、すぐには、なかなかよい結果が出ない。加えて、車を実際に運転しているご本人が会社に出勤中で、昼間に出向いても留守、さすがトヨタのお膝元名古屋なので、ご主人が下請け会社勤務で日産には乗れないという方が意外に多いのに驚いた。ほとんどの家がクルマ屋さんは間に合っているからと、剣もほろろで門前払いが積の山であった。

そこで、早起きして早朝の出勤前に出向き、既納先リストとは別に情報入手できない他社車両の年式と車検日を一軒一軒調べて回り地図に記載し、車の代替え動機につながる車検到来客を中心に確率の高い見込み客を徹底的にアタックした。朝刊配達の時刻に、自分の名刺にコメントを手書きで書き込み、カタログに張り付け、ポストに入れることを毎日繰り返し行った。

このカタログ差し込み作戦は功を奏し、訪問時の面談成功率が上がり、なかにはいつも早朝からご苦労さん!と、私の熱意を感じて声をかけて下さる方もおり、商談時には、この人から車買ってあげてと、奥さんが後押ししてくれるケースも徐々に増え、営業所内では、 マダムキラーと呼ばれていた。当時未婚の私が、夫婦の力関係を悟るに至り、新車の欲しい大半は夫であるが、財布のひもを握る大蔵省長官である奥方こそが、なるほど真の購買決定者であることに行きついたのである。従って、マダムに購入決定していただくように口説き落とすのが、成功要因であることがよくよく分かってきたのである。

他方で、地元の人には私が東京の標準語で話すと冷たい感じがすると受け取られ、最初のうちは、たどたどしいが名古屋弁を意図して話すよう試み、これが逆に親しみを覚えるとの予想外の反響を得て、これが名古屋弁習得の励みにもなり、地元の人の話す名古屋弁が最後にはすっかり身につき、今度は東京に戻っても名古屋弁がなかなか抜けずに、困ったほどだった。

当時、野球の中日ドラゴンズが、炎の闘魂で有名な星野投手の活躍で、何十年ぶりかでセ・リーグ優勝奪還の期待に地元では燃えていた。商談もまとまり注文書に最終的に判を押してもらうばかりになっている客先訪問で、生憎その日にドラゴンズが試合に敗れたものなら、お客さんのご機嫌が悪く、「今日は縁起が悪いから明日出直してくれ」と言われるほど、フアンは熱狂を呈していた。また、名古屋は、娘が三人いると一家の身上をつぶすとも言われるほど婚礼の際の、大型トラックでの嫁入り道具のご近所お披露目は有名だが、新車まで持参するという超豪華でど派手なしきたりも本当で、私も何度か白い手袋をして、ピカピカの新車を運転して大型トラックに並走して、納車したことを懐かしく思い出す。

さて、早朝訪問の成果があって購入して下さったお客様からの紹介件数も増え、販売台数もうなぎ上りに増加していった。何時しか販売会社の全営業所でルーキーでトップに上り詰め、売る月は月10数台売り、営業所でもトップ販売を取るなど、本社研修性の最高栄誉である日産社長賞も狙える所まで、トヨタの牙城で売りに売りまくった。あげくの果てに、営業所の所長には、本社勤務より、君は営業第一線でやる方が向いているとまで言われ、販売研修後の残留を強く要望されるほど販売好成績であった。しかしながら、いつの世にも絶好調はそう長く続かないのが常である。

本社帰任が見えてきた10月末に販売ノルマ達成をめざして、通常なら販売条件が厳しい、二十歳代の角刈りのお客さんに無理を承知で販売を試みた。お客さんはスポーツカーのフェアレデイ―Z購入を熱心に希望されたが、トヨタのカローラが下取りで支払い残額がかなり多く、しかも、頭金を少なく割賦販売にして欲しいという。後にわかったのだが彼は某暴力団組織の青年部所属で、表面的には、とても受け答えのよい方で、私としても気があまり進まないが、ノルマ達成のため台数欲しさで、翌日、注文書をもらいにお客様のご自宅を訪問した。

営業所長からは頭金低額で高額割賦条件を呑むとしても車両保険加入は必須条件だと強く釘を刺された。その足でお客さんを車両保険に加入してもらうべく折衝し、ご本人は高額の車両保険加入を強く渋っていたが、どうにかこうにか説得し注文書を受領した。ところが、頭金、初回割賦代金および車両保険の代金を請求すると、明日までに用意しておくので集金に来てくれということであった。

こちらも商売なのでお金がご用意できないのであれば、受注をあきらめるしかないと腹をくくった。そして、集金に翌日出向くとご主人は留守だと言う。見るからに派手なむっちりとした体型の若い奥さんが挑発的な胸の大きくあいたシースルーのブラウスで現れて、少し待ってほしいと言われた。何か変な予感がしていると、お茶が出された後に、なんとこの若奥さんが私の膝に手を置いて迫ってきて、寝室のほうへと、しつこく誘うのである。

私も若さゆえの一瞬ムラムラとする気持を抑え、この色仕掛けに乗ると、とんでもないシナリオが待ち受けていることが容易に想像がついた。旦那が戻ってきて、車両代金はおろか、俺のオンナに手を出して、どうしてくれるのかと凄まれ、出るとこ出ようじゃないかというスートーリが、見え見えであった。これに乗ったらとんでもないことになると、冷静に判断し、営業所に早々引き返して、事なきを得たのであった。

代金は後日確かに入金され、ほどなくして、黒のフェアレデイ―Z を納入し一件落着であった。ところが、それから10日もしないうちに、営業所に電話がかかりフェアレディ―Zのお客さんからで、東名高速道路で追突事故を起こしてしまったので、すぐに来てくれとの伝言が入った。現場に急いで出向くと、本人は不幸中の幸いで大怪我でもなく元気でほっとしたが、あの黒い流線型のZのフォルムは衝突の影響で一瞬にしてボンネットが大きくへこみ、ラジエターがエンジン部分まで食い込み、新車の跡形もなくいわば全損状態であった。

ロングノーズのZであったので本人は助かり、加入を渋っていた車両保険を了解したお蔭をもって車両保険は全損扱いで、新車に再度乗り替えられる結果になったのは売り手としても本当に良かった。さもなければ、おそらく事故で修理できず全損した車両に対し割賦を支払い継続するのは至難の業となるところだったに、違いない。

翌月も販売の出足がひじょうに悪く、おまけに風邪気味で体調が悪かったが、購入契約がすぐに締結できそうな商談がありその日は無理をおして、客先に出かけて行った。受注はできたものの、これがいけなかったと暫くして後悔した。当初、風邪をこじらしたと思っていたが、日に日に体調は悪化の一路で、40度近い高熱で喉のリンパ腺や扁桃腺の辺りが腫れてきて、口を開けるのに痛みを感じるようになっていった。ついに、床から起き上がれないほど衰弱していった。当時お付きあいしていた日産ギャラリーでミスフェアレデイをしていた目のぱっちりして、はつらつとしたショートカットの美人の彼女が、心配そうに見舞いに来てくれた。それでも元気がでず言葉少なめに目がうつろな状態であった。

翌日、同僚の本社研修生が、車で道中の中区にある名古屋国立病院に連れて行ってくれた。医者の診察結果は流行性耳下腺炎で、俗にいう、おたふくかぜであった。小児の頃にかかれば、免疫ができて、大人になって発症することはまずないので、自分としてはこの診断が納得出来ず。早速、母に確認のため、電話したが、おたふくかぜをしてないことが判明した。振り返ると風邪気味で体調が悪いところに、最後に訪問したお客さんの息子さんからおたふくかぜの病原菌をもらった模様で小児よりも大人は症状が重く、治りが遅いという。

研修時の宿泊所では皆に迷惑かけるので入院を希望したが病院はすべて満室で、なんと小児科の個室なら一室あるといわれた。やむえず、名古屋の国立病院小児科に入院したが、大人でおたふくかぜで入っているのは、病院広しと言えど、さすがに、私だけであった。入院中の子供に,「おじさんはどうしてここにいるの」と聞かれて返事に窮し、確かに小児病棟にいる大人の自分が不釣り合いであったが、やむなしである。笑

主治医が家族と面談したいというので、急きょ母に名古屋ま出て来てもらった。私の寝ている間に主治医の話を聞いた母が、私に何か心配顔で話を始めた。主治医はまず私が既婚者かどうか尋ね、大人が流行性耳下腺炎にかかると、合併症を起こす可能性があり、それがひどい場合には生殖機能が損なわれると告げたと言う。大人の男性の約20%が睾丸の痛みと腫れを伴う炎症を起こし、正式な病名は精巣炎・精巣上体炎【睾丸炎】ということだった。

入院後の自覚症状として、睾丸の片方に既に痛みと腫れがあり、その腫れが日に日に巨大化し、見る見るうちにソフトボールのように異常に大きく膨らんだ。あまりの大きさにびっくりし、ベッドから降りトイレに歩いていくにも重くてぶらぶらしている錘のバランスが悪くて平衡感覚が保てず、普通に歩けない状況で、重心が片寄り、変な歩き方になっていた。そしてしだいに、ベッドで寝がえりを打つと睾丸を股にはさみ、いわゆる急所で凄く痛かったのをよく覚えている。それよりも何よりも、睾丸に炎症が起き障害を受けると子供が出来なくなるという怖い病気である。

私も母にとっても長男が子宝に恵まれず子孫繁栄できないとなると、これは赤堀家にとっても一大事である。当時交際していた彼女も心配してよく見舞いに来てくれたが場所が場所だけに恥ずかしくておたふくかぜとだけ伝え、それ以上の多くは告げなかった。彼女の家は多治見焼の窯元の二人姉妹の次女であり家を継ぐこともなく、結婚を意識し交際していたので、この機会を捉え、母親にも引き合わせた。母も優しい素敵な方でよい伴侶になると彼女をすごく気に入り賛成してくれた。母が、もし子供ができない身体と判明した場合には、二人にとってもご両親にも大事なことだから、先方にも早めに、正直に伝えなければいけないと忠告して東京に帰っていった。

病院には1週間滞在し、自宅療養も含め2週間休むことになり社長賞の行方も気になり始め、早くに現場復帰を望んでいた。そんな退院の日に最終検査で子供ができない身体かどうかの判定が出されるというのでとても気が重たかった。貫禄のある見るからに看護婦長にビーカーをいきなり手渡され、トイレで精子をこれに取ってらっしゃいと、いとも簡単に指示された。病み上がりで未だ体力が回復していない中で精子をすぐに取って来いと言われても正直困った。トイレで30分も粘るのだが、自分自身で幹部の肉樹を真剣にもめど、さすれど、しごいても、、検査用の精子が出ることはなかったのである。

看護婦長に出ませんでしたと報告するや否や、若いのに元気ないのねとなじられ、この検査結果は持ち越しとなった。そして家に戻り、精子が出たら、生存している1時間以内に病院に持参してほしいとの指示であった。帰宅後も早く結果が知りたくて気になっていた。ようやく3日目に精子が無事に取れて、慌てて取り立ての新鮮な精子の入ったビーカーを大事に持ちに、名古屋国立病院へ急いでクルマで向かった。病院に着くと大事そうに素手でビーカー持った男が何枚もの自動ドア―をー通り抜け、看護婦室に届ける姿はさぞかし真剣そのものでかつ不思議に、傍からはきっと映ったことであろう。そしてほどなくして障害はなしとの検査結果がでて安堵した。早速に母に連絡入れて大変喜んでくれた。

一方、彼女との交際は意外な急展開で私の大学時代の親友が名古屋を訪ねてきた。すると彼女の姉が親代わりに妹と交際している私をより知りたいと思い観察がてら顔を出し、一緒に4人で食事することになり大いに盛り上がった。それもそのはず、私の親友が彼女の姉にぞっこん一目ぼれで,その日から猛アタックし、私もその進展をよく知らない内に、なんとなんといつの間にか結婚することになった。長女である姉が急に嫁ぐことになり、後継ぎ問題で我々には逆風が吹き、残念ながら彼女との恋は最終的に実らず終わったのである。

私は名古屋研修中に年間累計84台を販売し、栄えある社長賞を取得したが、暫く失恋の痛手で傷心の日々であった。程なくして幸運にも米国ビジネスクールに社費留学の機会を得てようやく気持ちが徐々に和らいだ。札幌のJAZZライブハウスのオーナーに言われた〝哀しみのおかげで優しさを知り、苦しみのおかげで勇気を得る“という言葉が、わが身に凄く染みわたった。

今思えば、このエッセイでも記した大学時代の彼女は国会議員で大臣まで務めた父親の政略結婚、名古屋では後継ぎ問題、イランでは宗教問題などの失恋経験を通して、どうも自己の人生において女性運にはつくづく恵まれないように思えた。失恋とは、ある意味で、至らぬ自分を人間的に成長させ、哀しみの中で精神的に強くさせる面もあり悪いことばかりではないと、あえてPOSITIVEにとらえようとするのが自分として精一杯であった。

White wine with barrel on famous vineyard in Chianti, Tuscany, Italy

White wine with barrel on famous vineyard in Chianti, Tuscany, Italy

さてさて、これまでのエッセイで、自分としてもっと書きたいことがあり、最終回までそれが出来ずにいたことが心残りであったが、それは大好きな酒についてである、ビール、日本酒、ワイン、ウィスキー何でも料理に合わせて嗜んできた。

とりわけワインについて語りたいが、欧州は上質のワインが割安で、その土地土地で地元料理にぴったりのワインがあり、これが料理とお酒の両方を一層引き立てる。日本でも至るところに銘酒の地酒があるのと全く同じである。私の海外駐在した各地で、ワインを楽しむ会が自然と出来て、友人達と評論家気取りで楽しい語らいの中でワインをたくさん飲んだ。仲間内にはソムリエ顔負けの知識を有しワインに精通した者がいて、これまで色々と勉強させてもらったがワインの世界は実に奥が深い。米国に住む私にとって割安で手に入りやすい米国NAPAと南米チリ、アルゼンチンのワインを飲む機会が多いが、さすがフランスを筆頭にイタリア、スペインもよいワインが目白押しである。

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美味しいワインにありつくには銘柄がわからずとも、自分の好みの味と予算を明確化することが重要である.

ワインには甘い辛い、渋味,酸味などの違いがあり甘口ワインでもフルーテイなもの、こくのあるものがあり熟成度や製造方法からくる味の違いがある。これらは、口で表現するのはなかなか難しく、自分の中でこれまで気に入った美味しいワインの実例を挙げると、ソムリエにも伝わり理解度が増し、自分好みのワインにありつく確率が上がると思われる。

しかしながら、あまり自信がなければ、ソムリエに料理に適したワインをお任せをするPAIRINGが結果として経済合理性とプロが選んだワインは、食事に合ったより多くのワインが出てくるので正解である。またフルボトルを頼むと少人数の場合、それだけを飲むことになり、料理により多少変化をつけたい場合には赤白グラス売りの中から選ぶのも良い。なぜならば、大抵の場合、店としてお薦めのワインをグラス売りにしているケースが多く比較的安価で無難なチョイスかもしれません。ソムリエなり店の人におすすめのワインを正直に予算と好きなワインを告げ、選択のアドバイスを受けるのが失敗がなく無難である。

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さて、自分好みのワインを見つけるには、ワインの履歴書とでもいうワインラベルがわかれば、美味しいワインの道しるべである。添付のラベルの如く、そこにはワインがいつ、どこで作られ、どんな味なのか、格付けはどうなのかなどの基本情報が満載されている。これらの格付けはEUのワイン表示基本法で義務付けられているのでを実例としてフランスワインの品質格付け構造を見てみると下記の通りで3)と4)が日常用ワインで値段も安く基本的にこの順に比例している。

1)AOC: 原産地統制名称ワイン

2)AOCVDQS:   地域指定上級ワイン

3)Vin de Pays: 地酒産地ワイン

4)Vin de Table:日常テーブルワイン

次にワインの風味を決める最大要因はブドウの品種で代表的な国際的な品種は下記の通りで世界各地で栽培されている。

赤ワインのブドウ品種:

CABERNET SAUVIGNON(カベルネ・ソビ二オン):威厳の赤。ボルドーを代表する赤ワインのスパースタ    ー。渋み、深み、タンニンあり。重め。

PINOT  NOIR((ピノ・ノワール): 香りの赤。官能的な香りで魅惑するブルゴーニュの貴婦人と言われる.

程よい酸味と華やかさ、タンニン柔らかめ。やや重めで軽めもあり。

MEROT(メルロー):優しさの赤。ふくよかでまったりしたカベルネのライバル。親しみやすい。

タンニンあり。やや重い。

SYRAH(シラー): エキゾチックな赤。ローヌと豪州が主要産地でスパイシーな後味が特徴。

果実味、スパイシー。タンニンあり。やや重―重め。

白ワインの品種:

CHARDONNAY(シャルドネ):黄金の白。世界各地で栽培され産地によって変貌自在な白ブドウ品種の代表格。果実味ある豊かな香り、コクのある辛口。

SAUVIGNON BLANC(ソービニヨンブラン):さわやかさの白。柑橘香にハーブのニュアンスを持った独特のアロマが特徴。程よい酸味。さっぱり、切れの良い辛口。

PINOT BLANC (ピノ・ブラン):ピノ・グリが突然変異した赤い色素を持たない白ブドウで香りや味はニュートラル

RIESLING(リースリング):優美なる白。ドイツの代表品種で蜂蜜、白桃など甘味なアロマで魅了するが最近は辛口が急増。爽やかな酸味、わずかな甘みからフルーテイな甘みまで。

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ここまでワインの基礎知識がわかれば、その先は、時間をかけて色々試し飲みして、飲んで覚えていけばきっと自分の好きなワインに出逢うことこ請け合いです。

美味しい料理と旨い酒との関係は、どちらが一報が引き立て役になるというよりはお互いがより高い次元に引き上げてくれる相乗効果があるように思う。

一般的に魚料理は白ワイン、肉料理には赤ワインというのが定説であるが、それに縛られることもなく自分自身で自由に選択し料理もワインも美味しければそれはそれで良いではないかと思うのである。

次の命題は赤ワインに和食が合わないという固定概念が定着しているがホントに合わないのだろうかという疑問にぶつかる。辛口の白ワインのフランスシャブリなどは生ガキ、白身魚、エビ、カニなどに加えレモン風味のドレシングなどの酢の物、てんぷらなどの和食に凄く相性が良い。そして、フルーテイーで酸味のあるドイツのリースリングなどは、繊細な味付けの日本料理とレモンを絞りたくなるよう焼き魚にはこれまた相性が良い。

ソーヴィ二オンブランはシードルのようなフレッシュな爽やかさがあり酢の物とは。この上なく相性が良い。

というわけで白ワインは総じて和食でも全く問題ない。一方、赤ワインは味の主張がしかっりしているので、肉や鍋など味が濃くてどちらかというと荒々しい料理がマッチングする。

具体例を挙げると、ボルドーのシャトーものや、ブルゴーニュ―の1級畑以上の格付け、イタリアのバローロ

アマネーロなどのフルボデイーの赤ワインには、濃い出汁で調理した鴨、鉄板焼きや仔羊のローストなどは、味を濃厚にしながらコクを出すスパイシーな風味の赤ワインがぴったり合う。

ホタテ貝などの魚介類の照り焼きやウニのほのかな甘みには華やかなピノノワールが抜群の相性である。

そして、カベルネ・ブラン独特の青ぽっさが出ているワインゆえにクレソンときのこのお浸しなどの青味野菜の風味とよく合い絶妙なマリアージュになる。

結論から言うと、赤ワインには和食が合わないという固定概念を捨て去り、素材の持ち味を最大限に引き出してくれ和食本来の素材そのものの味を生かす、この赤ワインと和食のマリアージュに大いに挑戦してもよいのではないかと思う次第です。

akabori_wine

さて、昨年10月以来、連載12回に亘り、読者の皆様にはお付き合いを頂きありがとうございました。

この間に読者の皆さんから、直接にも、たくさんのコメントを頂き、それが書き続ける励みであり楽しみでもありました。このエッセイを通じ遠く離れても皆さんと繋がっていると感じられる、そんなコミュニケーションツールでもありました。今後、日本のグルメ旅やルート66の米国横断5000㎞の旅、北イタリアなど続編も書いてみたい気がしています。しかし今回はこれで終了し、少し充電して機会を捉え、またお会いできる日を願っております。

これまでの応援ほんとにありがとうございました。赤堀

 

akabori

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Mark Akabori

Mark Akabori

1950年5月18日生。この世に生を受けた時間がなんと午後3時おやつの時間でこの時から先天的食欲症で食べること大好き人間。それが講じて男の手料理をたしなむ。 父は生命保険会社勤務で当時は自宅接待が多くお客さんの多い家庭に育ち母親は料理上手。 青山学院大学卒業後、日産自動車(株)本社に勤務。米国イリノイ大学ビジネススクール(MBA)社費留学を契機に米国を中心にカナダ、中東を含め累計約25年間駐在し訪問国は70を超える。 本年66歳を機に日系自動車販売会社のカナダ事業CEOから現役引退し、自宅のある米国ミシガン州のデトロイト郊外に暮らす。
Mark Akabori

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コメント24件

アバター Hiro Okamoto | 2017.09.03 1:15

連載、ご苦労様でした。一旦、リフレッシュされるのですね。再開が待たれます。

ワインの話、面白いですねぇ。うんちくがある人が多いのですが、日本酒となると案外少ない気がします。先日、ある方が日本酒の奥行きがないのは酸味がないからだ、を指摘されていました。なるほど、それはそれで面白いポイントだと思います。酸味の変化ですね。

ではどうぞお元気で。

アバター Nancy | 2017.09.03 1:50

あっという間の12回でした。いつも、食の体験談にとどまらず、旅の情景や、お仕事でのご苦労話し、若かりし頃のロマンス(下ネタ付き。笑)など、赤堀さんの豊かな人生経験が凝縮されたような12回で、本当に楽しく読ませて頂きました。これが最終回なんてもったいない。是非続編をお願い致します。

アバター Keith Kitagawa | 2017.09.03 2:26

12回の連載、本当に楽しく読ませて頂きました。前半の青春・恋愛系のお話でガシッと引き込まれ、後半の料理のお話で涎が出る展開のテンポの良さが最高でした。
先週メインランドを旅してきました。ベガスから日産Rougueで、ルート66をかすめながら、ウイリアムス、セリグマンに寄ってグランドキャニオン泊、アンテロープキャニオン、ホーシューベント経由でモニュメントバレー泊、更にセドナでエネルギーを充電してフェニックスから帰ってきました。我ながら良いコースでしたので、ご参考までに。
次回の再会を楽しみにしています。

アバター Jerry Miyauchi | 2017.09.03 7:32

赤堀さん、
今回が最後の稿になるのは至極残念です。僕は赤堀さんのエッセーで空想旅行をしておりました。僕も来年が大きなターニングポイントの年になると思います。時間ができればこれまで行きたくても時間がなく行けなかった所へ是非とも行きたい。
人生は結局プラマイゼロで終わると思います。これからきっといい人が目の前に現れますよ。
これまで楽しいエッセーありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。
Jerry 拝

アバター 蛍子 | 2017.09.03 13:21

うわ〜圧巻内容満載の最終回でエッセイ終了が誠に惜しまれます。私もジェリーさん同様マークさんのエッセイで空想旅行がふわふわ広がり楽しく読ませて頂きました。揺るぎない会社一の優秀社員の太鼓判の裏にある毎朝の努力にも驚き、長い間腕を振るわれた敏腕社長の今ある地位も毎日の一歩の積み重ねからと今更ながら勇気付けられたエッセイでした。おたふく風邪事件も、私の主人が結婚2ヶ月前に掛かり子供は出来ないかも知れないと意気消沈して告白された事を思い出します。父子?共々危機を乗り越えられたことを今更ながらお喜び申し上げます。充電後また続編再開を皆様共にお待ちしております。ワイン講座も謝々。

アバター Masukun | 2017.09.03 13:54

毎回楽しく拝読させていただきました。小生は和食日本酒党でしたが、最近はワインをよくいただくようになりました。特に天ぷらには白ワインが絶対と思います。12月には新潟でお会いしますが、鮨青山で地酒とともにワインで祝杯挙げましょう。
名古屋での件は全く面目ありません。
最後に一句
「目についた女房が今は鼻につき」ということで!

NoBU NoBU | 2017.09.03 22:05

名古屋のトヨタ研究所に、ホンダの車で行って、白い目で見られたのを思い出しました(笑)

アバター Yoshi Saito | 2017.09.03 22:15

毎回楽しく拝見しておりました。研修でロンドンとチューリッヒに1年間Stayした以外はヨーロッパ旅行の経験がなく、いつか将来「赤堀日記」を手に歩いてみたいと思います。
視点は違いますが、こうして赤堀さんがご旅行できるのは、若い頃からサラリーマンとして努力し道を自身で切り開いてきたからこそ。自分も楽しい老後が過ごせるよう一生懸命働かねばと。意思ある所に道はある!で頑張ります。。。。

アバター Thomas Sano | 2017.09.03 22:48

食の知識のみならず、ビジネスや恋愛にもためになるエッセイで、プリントアウトして永久保存させていただきました。最終回では、社長賞を争うビジネスマンが、下腹部の病に伏す。赤堀さんか島耕作か、といったところでしょうか。次回の連載も心待ちにしています。

アバター sumiko hui | 2017.09.04 3:04

[美味しい料理にはうまい酒で相乗効果]と冒頭にありますが、酒も肉もダメ、そしてインドや東南アジア、中国料理好きな私が赤堀さんのエッセイ何故か「楽しく」読ませて頂けたのは不思議です。写真がワーッと言うほど素敵なのが多かった。でも肉はまだ食べたくないのです。
次回、新エッセイでは魚料理、美味しい野菜料理もご紹介下さい。

アバター sumiko hui | 2017.09.04 3:18

「美味しい料理にはうまい酒で相乗効果」でもねぇ。酒も肉もダメな私が赤堀さんのエッセイ「エッーこの巨大な肉の塊、食べるのー」「ええっ、またお肉!」「嫌だー!」と言った感じで結局、読み続け「すっごく楽しかった」特に「写真も良かったなぁ」と言う感想。中華料理とインド料理、東南アジア一帯にはこれまたおいしい物が一杯でしょう?。「世界丸ごと食べ歩き」。エッセイの続編お待ちしています。

アバター Anna | 2017.09.04 5:49

赤堀さん、お疲れ様でした。12回の連載、美味しいものがいただける、いろんなところに連れて行ってもらったような気がし、私の夢も広がりました。最後は和食でくるかな、と思っていましたが、さすが、ワインでしたね。年齢とともに好みのワインも変わったり、新しい発見があったりして、そういうのに巡り会えるのも楽しいです。近い将来の執筆また楽しみにしております。ルート66の旅の食もどんなのが出てくるのかな、と楽しみです。

Sammy Takahashi Sammy Takahashi | 2017.09.04 7:01

楽しく読ませていただきました。赤堀さんの少年っぽいお人柄が魅力的です。

アバター Micky Takeuchi | 2017.09.04 8:29

今回もまた楽しく読ませて頂きました。
春に赤堀さんから教わった皮膚の薬良く効きました。今では男前に戻っています。
次回が楽しみです、素晴らしい充電期間を過ごしてください。

アバター Yasuyo B | 2017.09.05 7:29

毎回 赤堀さんのエッセイを楽しみに読ませて頂きました。私も沢山の空想旅行をさせて頂き、時には昔の事が鮮明に蘇て、昔の(?)良き時代を思い出させて頂き、そしてグルメの赤堀さんの書かれた食に関するエッセイはメモをさせて頂きました。長い人生には色々な出会いがありますが赤堀さんのお人柄がより一層豊かな物にしたのだと思います。
有り難うございました。次回のシリーズを楽しみにしています。

アバター Nobby Naito | 2017.09.05 14:26

1年間連載お疲れ様でした。食に限らずこれだけのネタをお持ちの方も稀有な存在ですね。改めて懐の深さに敬服しました。こちらは東海地方で食の領域を拡大中です。次回御来訪の際は更なる驚きを御提供したいと思います。最後に、大変女性にモテた赤堀さんの20代の写真を是非公開して頂けないでしょうか。見たいと思っている方は多いですよ、きっと。

アバター Kayo Otake | 2017.09.05 16:05

毎回とても楽しく拝読させて頂きました。バンクーバーご滞在中は赤堀様の素晴らしい手料理と共に幅広く楽しいお話はとても興味深く忘れがたい思い出です。毎回のエッセイはその続きの様で赤堀さんのお声が聞こえてきます。是非これからも執筆を続けて皆様を楽しませてください!

アバター marmar | 2017.09.05 22:01

赤堀さん
12回の連載お疲れさまです。毎回楽しく拝読させて貰いました。今年は何度か温泉旅ご一緒しましたが、私が酔って先に眠っていても、赤堀さんはタブレットで「世界まるごと食べ歩き」を書かれていましたね。本当に頭が下がる思いです。暫く楽しめませんが、「ルート66アメリカ横断5000キロや、北イタリアの旅」を楽しみにしています。では12月新潟でワインと日本酒で乾杯しましょう!

アバター Kanae Tsuruga | 2017.09.08 12:55

赤堀様がこれほどの文才の持ち主だとは存じませんでした!毎回一編の小説を読んでいるかのような楽しさ、歩んでこられた人生、ビジネスのお話あり恋のお話ありで、胸キュンとなったりなんだか涙ぐみそうになったり・・そして自然に食の話へと移っていくあたり絶妙でした。人間性豊かでチャーミングな赤堀様のお人柄がそのまま文章に現れていますね。私も行ったことがある場所はともに歩いているような気分に、そして行ったことの無い場所には空想が膨らみ旅情を味あわせていただき又ご推薦のレストランに是非行ってみたい!と。
若かりし頃にマダムキラーと異名をとったと今回のエッセイにありましたが今もそうですね!実は80代だった私の母も赤堀様のお人柄に魅せられていた一人なんです。
単なる食べ歩きレポではない濃くて魅力あふれる内容のエッセイで、どなたかが書かれていたように私もプリントアウトして永久保存版にさせていただきます!でもいつか1冊のご本として出版されたらいいのに・・と思っています。

アバター Akio | 2017.09.09 23:27

今回の夏休みはさっそく赤堀さんエッセイのNY編を片手に夫婦でマンハッタンを散策しお勧めのカフェなどに行って参りました。NY住民になり切っていた赤堀さんのようにサマにはなっていなかったと思いますが、通っぽいオーダーなどもできて助かりました<^o^; 最終回(とりあえず旧題?)は私も販売店出向時代を思い出しながら読ませて頂きました。通常は耐え忍ぶだけの期間も、(前編の)普通は忙しいだけの海外出張も波乱のドラマになってしまうのはやはり赤堀さんですね。昔日産の海外進出をネタにしたガンホーという映画がありましたが(アッサン自動車!)、赤堀さんの自伝ドラマあればゼメキスが飛びつくと思います。 ネタをためて頂いての再登場を楽しみにしています。

アバター 林田収二 | 2017.09.15 12:05

赤堀様
最終稿拝見させていただきました。
初めて、こちらにコメントさせていただきます。
何時に変わらぬ洒脱な筆致、若干きわどい表現、楽しく
拝読いたしました。
また多彩なご経験、今回も感服いたしました。
当方の知人で、嘗て日本IBMのトップセールスだった方
の新人時代(40年くらい昔)の話を伺ったことがあります。
最初の10億円を超える大型商談で、相手のお客様が非常
に難物で、どうアプローチしてもお叱りを受けるか、難題
を投げかけられるかという状況が続いて、胃の痛む日々、
眠れない夜の連続だったそうです。数か月そのような状態
の中、顔を見るのも嫌なお相手に会いに行かざるを得ず、
「自分はあの人が好きなのだ」と毎日無理やり自らに言い
聞かせ鼓舞しながら訪問を重ねたそうです。するとある朝
突然、「あの人は自分を鍛えてくれているありがたい人だ」
と感謝の念が湧いて来たとのこと、その日いつものように
客先訪問をすると、お客様から「そろそろ商談を決めよう
か」と言われ、びっくり仰天、舞い上がったそうです。
我慢を重ねた末の成功体験、本稿を拝読して彷彿とさせて
いただきました。
1年間の掲載、誠に御苦労様でした。ぜひまとめて出版を
していただきたい内容です。
一息入れての、次の連載期待しております。
又近いうちに日本でお会いするのを楽しみにしています。
西宮にも隠れた美味しい店が沢山ありますので、お越し
いただければと存じます。
海外出張等が続き投稿の遅れました事、お詫びいたします。
hayashida

アバター naokocanada.com | 2017.10.06 4:05

赤堀さんへ

赤堀さんの持て成しの心には大いに学ばせていただきました。キッチンの下ごしらえから食器の彩り、季節を盛り込んだ箸おきの選びかたに至るまで、見事な美学の賜物。

サービス精神満点ですから今回の連載も、満腹感で一杯でした。

次回は二回に分けるなどして食後の余韻が残ったらいかがかと、僭越ながら思った次第です。

〆切日が迫るとストレスになるのが普通です
が、きっと、まだまだ書いていたい気持ちが
泉の如く湧いて来るのでしょう。

食のみならず♪クラッシックからエルビスの
曲にまで造詣深い方ですから、喉を大切になさり、これからも何でも美味しく召し上がり、健康には重々、ご自愛のほどを。

人生、いつ迄も好奇心旺盛に、自由に遊んで
下さいませ。

港町の南より

アバター Kyomi Nishimura | 2017.11.04 18:34

赤堀様

大変遅くなりましたが、一年を通じての執筆活動、お疲れさまでした。
笑いあり、感動あり、人生の教えあり、毎回読み応えのある内容で、まるで小説を読んでいるかのように楽しませて頂きました。有難うございました。
いつかまた、赤堀様のエッセイを拝読できる日を楽しみにしております。

西村

アバター Cynthia Sharp | 2017.12.06 6:05

What exquisite photos!

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