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Jul 3, 2018

絵描きの視点

自由と模倣

Photo & Text by Fumio Kansaku

kansaku

しばらく画家のことを述べていましたが、ひとまず小休止ということで、今回は私の思っているところを気ままに述べていこうかと思っています。

まず、チャリンコの一人旅で、火野正平さんが川はいいなあ、生まれた時から下りでとある番組の冒頭で言われていましたが、これはいわゆる「人生下り坂」をかけた言葉だと思います。考えればこれうんちくのある言葉だし、人生の深い言葉でもあります。これを私は「引き算の美学」あるいは「負の美学」なんて勝手に呼んでおります。これは美輪明宏さんからだったと思いますがいただいた言葉です。それはともかく、ガンジス河と言えばインドを流れている川ですが、インドと言えば仏教ということになります。

仏教にあるかどうかはわかりませんが水は高いところから低い方に流れるというのは物理学的にあたりまえです。また、みずは1番近道を流れて行くというのも当たり前です。その河川のコースを変えているのは人間の都合ということになりますが、コースを変えなかった河川はめずらしいというほどたくさんあります。現在のところ特別反乱も無く上手くいっていると言うことですがどうなんでしょう?

人生を考えてみればみんな引き算の論理ですね。オギャーと生まれて、どんどん歳をとってやがて死んで行く。時間そのものが引き算の原理であり負の論理そのものです。現在、老化しない薬が研究中と言うことですが、その進み具合が遅くなるか早くなるかの違いですね。やっぱり死ぬときは死にますね。人生長いようでありあっという間の気もします。死んでしまえば(その経験はありませんのであくまでも予測ですが)現在、過去、未来という単位もなくなり時間そのものが存在しなくなります。もちろん空間も無いと思います。本当にそんな世界あるのかと思います。生きている現在から見たらです。

スピーカーなどは最初は音が定まらないのでエージングという作業を行うのが普通です。スピーカーに限らずアナログプレーヤー、CDプレーヤー、アンプなどそうやって自分の音にしていきます。車なら慣らし運転と言うことですが、まさに老化という現象でもあります。生まれた同時に死に向かっている。これは人間に限らず動物と生まれたからには宿命でもあります。おぎゃーと生まれた瞬間から死へと向かっている言っても良いと思います。ということは、いつどこで生まれたというのがその人の人生の重要な要素と言うことになります。その人生を決定づけていると言っても過言ではありません。それが現在を形作っているというわけです。

話は、まったく変わりますが、人類の文字の歴史の前には、口語だけの歴史が長く続いていたのは間違いありません。もしかしたらこちらの方が時間として長いかもしれません。文字が発明されて文字が発明されたことで黙読の世界が始まったということですが、今では「書き言葉」が社会文化の主流を占めるようになっています。いくつもの出来事が平行していたものの、大きくいえば聴覚文化から視覚文化への切り替えが断行されたわけでした。のみならず「書き言葉」の権威は、人間の心の内側を記録に残させ(日記など)、人間関係の悪化を記録にとどめさせた(讒言・訴状など)したわけです。歴史の誕生と言っても良いかもしれません。

「書き言葉」は社会の諸関係にときに排除を加え、ときには法による規制を加えて(たとえば文書の重視)、新たな言語文化による社会をつくりなおしてしまったと言えます。しかし、そもそも言葉には「声」がつきまとっていました。文字にも「音」がついていたわけです。言葉は声を内在させているというべきなのです。そこで思い出すのは空海がそのことを何度も強調していました。空海の書く文字には声が聞こえると言われるゆえんです。

世の中には抑圧しても抑圧しきれないものがあって、それは「自由」ではなくて、実は「模倣」や「類似性」なのだろうかと言うことです。模倣や類似はどんな時代のどんな場所にも発生し、波及し、蔓延する。それを流行といってもいいけれど、それだけではありません。模倣や類似は家庭にも学校にも、言葉づかいにも文体にも、絵画にも音楽にも、商品にも価値観にも浸透します。意識も社会も、模倣と類似によって成り立っているのではないかと思われるほどです。それにもかかわらず、どんな権力も模倣を制限し、禁止しようとしています。

国家が「自由は束縛しませんが、模倣はいけません」。そういうのが普通です。わかりやすくいえば、「模倣の自由」こそがつねに抑圧され、収奪され、ひそかに独占されてきたと言うことです。歴史の本質の中核には、この「模倣の自由」をめぐる闘争があったということなのです。何かを真似しようとしたこと、それが歴史的営為のスタートだったということになります。これは、幼児や子供の真似事を見れば、すぐわかることです。言葉だって、遊びだって、学問だって、仕事だって、何だって真似から始まるのだし、真似が介在しないコミュニケーションもリプリゼンテーションもクリエーションもないのが普通です。

また世阿弥に始まる芸能の社会史もそうしたものなのですが、そこに独占と管理と運用が加わったわけです。これを最初に試みたのが王権と宗教であっわけです。それはキリスト教の歴史を見ればすぐわかります。模倣して、そして独占し、他者の模倣を禁止しました。しかし、そのうちこれらのことをまるごと組み立て、その統合と管理と運用の制度をつくったのが近代国家と資本主義だったのです。軍隊は他の組織がつくってはならず、通貨も勝手に造幣してはならず、犯罪は国家こそが裁くものとなったわけです。

カイヨワが『遊びと人間』で、遊びに「アゴーン」(競争・試合)、「アレア」(賭け・運)、「イリンクス」(眩暈・一人遊び)とともに、ひときわ大書して「ミミクリー」(模倣)を重視したことはよく知られています。その後、カイヨワはその予告通りに、ミミクリーの問題を生物史と社会史の全般に広げていきました。模倣の問題はどこにでも入りこんでいったわけです。『本能』『神話と人間』『聖なるものの社会学』『イメージと人間』『戦争論』『蛸』『石が書く』『反対称』などには、次のような指摘がいくつも出てくる。「似通った神話は似通った基礎から生まれている」。「人間の最大の誘惑は類似のものを見つけだすということにあった」。「類推こそが審美と叙情の両方に属する次元をもっている」と。

「場面が複雑で、類似が強ければ強いほど、イメージがコミュニケーションにもたらすものは大きい」と言われています。それは「擬態は空間への同化をおこしている」と言われています。「一方には行為が、一方には神話がある。この二つを類似が結びつけている」と言うことです。「夢が現実を反映していると思えるのは、脳が脳を模倣したからである」と言われています。古代ギリシアの哲学や詩学は「アナロギア」(類推)と「ミメーシス」(模倣)と「パロディア」(諧謔)の3つが“方法の王”であることを見抜き、世阿弥は芸能の本質が「物学」(ものまね)にあると見抜いています。だから世阿弥は凄いのです。

社会においては、「すべてのものは発明か模倣かにほかならない」。「模倣は社会活動の基礎」であり、「模倣は本質的に社会学的な力」なのです。いいかえれば、「社会とは、模倣によって、あるいは反対模倣によって生み出されたさまざまな類似点を、互いに提示しあってる人々の集合」なのであると言うことなのです。では、社会のなかで何が模倣されていると言えばいいのだろうか。「(実は)つねにひとつの観念や意志、判断や企図が模倣される」ということなのです。

世間では、しばしば模倣の意図を問題にする。そしてオリジナリティや知的所有権を擁護したりします。しかし「模倣が意識的であるのか、無意識的であるのか、あるいは意図的だったのかそうではなかったのか、ということを区別するのは意味がない」。なぜなら、オリジナリティを議論する以前に、「社会そのものが模倣から生じてきたもの」であったからなのです。それに、模倣の意図ではなく、意図の模倣こそが社会にとって本質的であるからです。そうであるのなら、「思想の模倣は表現の模倣に先行」し、「目的の模倣が手段の模倣に先行する」とみたほうがよいのです。したがって「歴史とは、ほとんど無用で模倣されない発明が、いつまでも有用で模倣される発明にたいしておこなう助力と妨害にほかならない」。「社会物理学におけるコミュニケーションの欠如は、物理学における弾性の欠如と同じ意味をもっている。前者は社会で模倣が生じることを妨げ、後者はぶっと使いで波動が生じることを妨げている」。そのように言えるだろう。

こうした事情から、次のような変化ももたらされることになります。「模倣が当初から帯びている深い内的特徴、つまり複数の精神をそれらの中心どうしで互いに結びつけるという模倣の特徴は、人類のあいだに一種の不平等を増大させ、さらには社会階層の形成をもたらした」と言えます。そもそも「模倣は、それぞれ独立して存在しているのではなく、互いに支えあっている」。「模倣もまた発明と同じように連鎖をなしている」ものなのだ。それゆえ「一連の創意と創始は、一連の模倣によって強められていく」というふうになっているので、「自己の模倣と他者の模倣の相互作用によって、過去および現在において知られる熱狂や狂信といった歴史の力を説明することができる」ということでもある。

社会は「一方的な模倣から相互的な模倣への移行」を促すように進捗していくものです。そのことは生産と消費という活動の基本にもあらわれている。そこにはおそらく「二種類の模倣」が関与した。ひとつは、一族や共同体や家族を通した模倣です。「家族が閉じた仕事場で、それだけで自足していた時代には、手作業や動物の飼育や植物の栽培のために、その方法や手順は、父から子へと伝達されていた。そこでは世襲による模倣しかおこらなかった」。このことから、次のことが言えます。「消費の欲求は、それに対応する生産の欲求にくらべてはるかに急速に模倣され、容易に広がっていくという」ことである。また、「あらゆる領域において、消費の欲求が生産の欲求に先行する」のであって、それは「内から外への模倣の進展の重要な帰結」だったということなのです。

第2の理由は、巨大な戦争と巨大な企業が、勝手に模倣と類似を独占しすぎたということなのかもしれません。「機械が模倣と類似を食い尽くした」というふうにタルドは見ました。第3の理由は、さらに今日なお鋭いものとなる。戦争代行から政治代行まで、法務代行から生活代行まで、近代社会は個人の模倣力や連想力を放棄して、それを代行者に委ねすぎたのではないかというのだ。タルドはそこに「普通選挙」と「統計学」の功罪も加えた。しかし、今夜、どうしても言っておきたいことは、諸君は模倣について、これまであまりにも狭い見解のなかにいたのではないかということです。そして、オリジナリティや創造力を求めすぎていませんかということです。それよりも、いったんはこう言うべきなのでないかと思います。「万人の、万人による、万人のための模倣!」。

 

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画家 誰でも同じ数字で歳をとります。多少の違いはあるけれどだいたい100年できりとなります。私も後ろから数えたほうが良い歳となりました。あと何年生きら れるのでしょう。できるだけ長く生きたいという願望が強いです。100歳を超えて、150歳よ りもっとですがそれは無理でしょう。私は絵を書き始めてから40年は超えていますが、ようやく自分の絵を描ける入り口が見えてきたかなというところなの で、まだこれからという思いが強いのです。できるだけ健康には気をつけてやっていきたいと思っている今日この頃です。 The following two tabs change content below.
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