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Jan 1, 2020

気がつけば魚がいた

Photo & text by Takuya Hikita

深い絶望と強い自己嫌悪に襲われる。言葉を敢えて選ばないとすれば、「もう俺は障害者なのか・・・」そんな気持ちでしかなかった。

「右内耳層破裂症」、三半規管の障害により、平行感覚が麻痺し眩暈・頭痛・耳鳴りを引き起こす。発症件数の低い、治療法が見出されていない難病であった。寝たきりの生活は無情だ。空手・テニス・サッカーで鍛えた体は見る見るうちに衰え細くなり、鏡に映る自分の姿が情けなく眼光にも鋭さが戻らない。希望・夢・目標・・日々生活に溢れていた前向きな言葉たち・・・・それらは完全に自分の口から姿を消し、進むべき方向性を完全に見失っていた。そんな生活が続く中、「疋田拓也・入院」のニュースを聞きつけた高校時代の友人・大学の恩師・築地の仲間たちが連日のようにお見舞いに来た。「疋田、大丈夫か?」「たく、いつ治るんだ?」・・・・勿論見舞いの嬉しさ半面、正直辛い気持ちに陥った。いつ治るのか・・外傷のない見えない病気である。他の誰よりも一番聞きたいのは彼だった。

「タク、俺たちは辛い夏練を乗り越えた。あの時、俺たちは限界を何度も越えた。辛さを乗り越えた先に広がる、壁を乗り越えた先に広がるあの景色を俺たちは一緒に見た。俺には タクの病気の辛さを想像してあげることくらいしか出来ないけど、いまのタクの先にも乗り越えた者にしか見えない景色が広がっているんじゃないか」

「自分の好きな魚や海の道を進む疋田にとって、この病気はどういう意味があったんだろうね。因果応報ではないけども、起こる事には何か意味があるのかもしれないね。あとは、出来事とどう対峙し、どう消化していくか、そこが人によって異なる部分なのだろうね」

「拓也さんが病気になったと聞いて驚きました。きっと無理が来たのではないかなと思います。きっとこれ以上の無理を続ければ、命に影響するようなもっと大変なことになったのかもしれません。拓也さんは自分で、希望が見えない・・どうすれば良いか分からないと仰っていましたが、その話す言葉の一言一言には強い意志と明確な方向性を感じてしまいました。きっと拓也さんにはもう見えているのかもしれません。きっと拓也さんは自分にとって何が重要なのか分かっているのかもしれません。僕には出来ない事が拓也さんには出来る。拓也さん、俺は築地で待っています」

温かい言葉と包み込む優しさ、そんなシャワーを沢山浴びさせられた。自分にとって何が大切なのか、自分にとっての自分とはどういう者だったのか。そんな自問自答を繰り返す中で、彼は一つの結論に達する。「死ぬこと以外、大したことではない」そこからの彼は生き方が変わった。日々の過ごし方が変わる事で、結果も変わる。闘うことでしか、前には進めない。何を見ても、何を感じても、これから何を探すとしても、何を残し、何を捨てればいい。分かるだろう・・そこからの彼は強かった。

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HokitaTakuya

HokitaTakuya

疋田拓也(Hikita takuya)東京都世田谷区出身、父親の実家である静岡県・沼津にて魚釣りをしたことから、すっかり魚の「とりこ」になる。大学時代は海洋学科にて魚類行動学・機能栄養学を専攻。築地魚市場㈱に入社後、セリ人として鮮魚・冷凍魚を取り扱う。その後、北米での原料買付・アジア向けへの輸出業務を経験。その後、2018年「TSUKIJI FISH MARKET Inc.」をバンクーバーに設立。モットーは「ニッチの強者」
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